小説

『ふたつの子』卯月まり(『うりこひめとあまのじゃく』)

 爺様は訝しみながらからすの言葉を聞いていたが、はっとして機織り部屋の戸を開けた。するとそこにいたのは爛れた肌を持つ化け物だった。爺様は恐怖するより先に烈火のごとき怒りに襲われた。
「おのれ天邪鬼。瓜子姫を食ったな」
 爺様は近くに置いてあった鍬を取り上げて天邪鬼に迫った。不意をつかれた天邪鬼は逃げ場も抵抗する暇もなく、爺様が怒りのままに鍬を振り下ろすのを身に受けるしかなかった。
 天邪鬼は鬼という名をつけられてはいるが、瓜子姫の片割れだ。もともと強い力など持っておらず、いつも忍んで獲物を取るため真っ向から人間と争ったことはなかった。
 いくら天邪鬼の肌が硬いといっても、鍬にはかなわない。
 肉が抉れ、骨が砕け、血が流れた。
 さっきまであんなに穏やかに話していた爺様が、今は鬼さながらに天邪鬼を痛めつけている。天邪鬼は這う這うの体で逃げ出した。
 爺様が追いかけ、騒ぎに気づいた村人も集まってきた。頭上では、天邪鬼をあざ笑うかのようにからすが五月蠅く鳴いている。それらすべてがぐるぐると回っていた。
 どこをどう逃げてきたのか、天邪鬼は山の中でたった一人、力尽きた。
 天邪鬼の人生とは一体何だったのか。
 その目はもう何も映さず、静かに濁っていった。
 やがてあのからすが飛んできて、天邪鬼の上を旋回した。すると天邪鬼の身体はひとつの玉となった。それは赤黒く醜い玉だった。からすはそれを咥えると、空に向かって一直線に飛び立った。

「神さま、これがいばらに落とした方の玉です」
 からすは恭しく差し出した。
「ずいぶん醜くなったものだ」
「神さま。神さまが双子玉をつくるよう私に命じたのは、育ちによってその者の生がどう変わるかお調べになるためだったのですか」
 神は何も答えずにからすの言葉を聞いている。
「神さま。姉玉は悪だったのでしょうか。確かに村人にとっては悪だったかもしれません、しかし……」
「神に人の世の善悪が必要か」
 からすは、はっとして押し黙ると、そのまま静かに平伏したのだった。

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