小説

『ふたつの子』卯月まり(『うりこひめとあまのじゃく』)

「だあれ」
 瓜子姫が声をかけたが返事はない。瓜子姫はもう一度尋ねた。
「瓜子姫のお祝いに来たのです。ちょっと開けてくれませんか」
 それは聞いたことのない声だった。娘の声なのに、たどたどしく幼子のようにも思える。
「お気持ちは嬉しいのですが、戸を開けてはならぬと言われているのです」
「どうしても駄目ですか」
「ええ、ごめんなさい」
「少しだけ。少しだけでいいから開けてくれませんか」
 声があまりに悲しそうだったので、瓜子姫は心動かされ、指が入るくらいの隙間を開けてしまった。すると途端に強い力で戸がこじ開けられ、硬い何かが瓜子姫の首筋に食い込んだ。瓜子姫は意識を失う直前に相手の顔を見たが、何かを思う前に視界は真っ黒になった。
 天邪鬼が瓜子姫の首元から手を離すと、瓜子姫は崩れ落ちた。綺麗に結った髪がほどけ、絹糸のようにつやつやと流れた。その柔らかそうな喉元に喰らいつきたい欲求を振り払い、天邪鬼は瓜子姫を担いで山の中腹まで逃げ込んだ。そして瓜子姫を大木の枝に引っ張り上げて横たえると、その長い髪を木に縛り付け誰にも取られないようにした。
 天邪鬼は疲労で荒い息をつきながら瓜子姫を見上げ、今度は機を運び出すためにもう一度家に戻った。ちょうどそこへ爺様が帰ってきたのだった。
「瓜子姫や、そんなところで何をやっているんだ」
「この機とお別れだと思うと名残惜しいので、ちょっと機織りをしていました」
 天邪鬼は咄嗟に瓜子姫のふりをして言った。本来なら、そんな子供だましが通用するわけもない。しかし、天邪鬼自身気づいていなかったものの、彼女の声は瓜子姫とよく似ていた。爺様はすっかり騙されてしまったのだった。
「そうかそうか」
 瓜子姫が機織り部屋から出てこなくても、爺様はおかしいと思わなかった。
「わしもお前と離れると思うと悲しい」
「ええ」
「だが、離れてもわしらは家族だ。わしはいつでもお前の幸せを願っているよ」
 天邪鬼はこんなに優しい言葉をかけてもらったのは初めてのことだった。それは天邪鬼のための言葉ではなかったが、天邪鬼はもっと聞いていたいと思った。
 そこへ一羽のからすが飛んできた。不思議なことに、そのからすは人語を話すのだった。

『機を織るのは 天邪鬼
瓜子姫は もういない』

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