小説

『映る花』九条夏実(『ギリシア神話-ナルキッソス』)

 さすが瑞希、言うことが渋い。
「ああ、全然すっきりしない。友達がさ、言ってたんだ。そこに、幼馴染みがいるつもりで愚痴全部ぶちまけろって」
「いるんだけどね、俺、ここに。瑞希に見えないだけで」
「それで少しは気が楽になるんじゃないかって。でも、駄目だ。虚しい」
 画像に話し掛けて動画で自分の望み通りの答えを再生していると、時々無性に寂しくなる。画像は画像で、動画は動画だ。一生、触れることはできない。
「でも、残しておこうかな。全部消すのはもったいないし」
「困るよ、それ」
 我侭なのはわかっている。好き勝手に死んだ俺が瑞希にものを頼むこと自体図々しい。
 だけど、あの動画と画像があると心が残る。
「お願いだよ、瑞希」
「消すと、またあんたが死ぬような気がする」
 湖に行く前に俺がタブレットのデータを削除しなかった理由。
 自分の手で好きな相手を削除するなんて無理だ。
「もう死んでるよ、俺は。だから、やってよ、瑞希」
「やらなきゃ駄目?」
「うん」
 瑞希は「うん」の動画を再生してから目元を拭った。
「泣かないでよ」
 俺は瑞希の涙に弱い。瑞希が泣くのを最初に見たのは自分が死んでからだけど。
「もう一ヶ月経つよ」
 葬式が終わっても、瑞希はしばらく俺のタブレットに触ろうとしなかった。
 やっと電源を入れたと思ったのに、それから二週間過ぎても何も処分してくれない。
毎日俺の動画を再生して泣いてばかりだ。
 本当に俺は何もわかってない。瑞希がこんなに落ち込むとは思わなかった。
「ひどいよ」
「うん」
『うん』
「馬鹿」
「うん」
『うん』
「やりたくない」
「うん」
『うん』
「でも、消せって言うんでしょ」
「うん」
『うん』
 俺の答えに少し遅れて動画の答えが被る。
「わかってるよ。わかってる。ちゃんと、消すよ。あんたが成仏できなくて化けて出てきたら困るもん」
「もう出ちゃってるんだけど」
「お母さん達が帰って来る前にやらないと」
 最近、俺が死んでからずっと、瑞希の親の帰りが早い。二人とも仕事が忙しいのに。
 家族の前でも瑞希は泣かない。瑞希の親も食事と睡眠をしっかり取れと言うだけ。詮索は一切なし。
 ただ黙って見守るのはつらい。つい余計な口を出したくなる。だけど、瑞希のおじさんとおばさんは静かに娘が立ち直るのを待っている。だから、きっと瑞希は大丈夫だ。
「じゃあ、やるよ」
「うん」
 一度決心すれば瑞希の行動は早い。フォルダごと削除してすぐ、ゴミ箱を空にした。
「おしまいだね」
「うん」
「秘密は墓まで持っていくよ」
「うん、わかってる」
「あんたは綺麗に生まれすぎたんだ。仕方ないよ。こうなったのも仕方なかったんだよ。今はもう、あんたの心残りはなくなったよ。だから、ちゃんと成仏しなよ」
 電源を落としたタブレットに瑞希は両手を合わせた。
「多分、できるんじゃないかな」
 俺が恋した俺は完全に消えた。
 心が軽くなっていく。何となく、意識も薄れてきた気がする。
 正直、どうやってあの世に行けばいいのかわからない。死ぬのは今回が初めてだから。
 これで全部終わりなら、最後は瑞希のために祈る。
 馬鹿な俺の頼みを聞いてくれた優しくて義理堅い俺の大事な幼馴染の幸せを、祈る。

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