小説

『文左衛門の告発』伊丹秦ノ助(『文鳥』『吾輩は猫である』 夏目漱石』)

 その猫は昔、漱石が牛込へ越してくる前の家で、勝手に何度も上り込んでは放り出され、上り込んでは放り出されというのを延々と繰り返していたんだそうであります。終いには漱石のほうが折れて、とうとうその家に住まうことになり、暮らし始めました。漱石が彼をモティーフにして書いた小説「吾輩は猫である」はまもなくして爆発的な人気を博し、猫は夏目一家にとっての影の稼ぎ頭として、一時は神のように崇められたといいます。ところが、漱石は時として猫に酷いことをしました。しかもそれは、自分の些細な間違いや、思い通りにいかないことに対して腹を立てた挙句の八つ当たりでありました。例えば、漱石は儲けた金でよく高額な洋書と大好物の羊羹を買うんだそうですが、帰ってきて書斎で羊羹を食べながら洋書を朗読していると、ごくたまに、英語を読み間違えることがあります。そんな時漱石は洋書をテエブルに叩きつけて、
「間違えた、間違えた、この俺が、間違えた、信じないぞ絶対に」
なんて半狂乱になって叫び、家中の者を驚かせるのだそうです。更には妻の鏡子夫人が何事かと血相を変えすっ飛んで来て、そこに半狂乱で踊り狂っている夫を見、次にテエブルの上の洋書を、そして胃に良くないから(漱石は胃潰瘍に悩まされていたそうです)と隠しておいたはずの羊羹があるのを見て、一家は修羅場と化すと言います。で、猫は何処にいたのかと言いますと、それまで漱石の膝の上でおとなしくしておりましたから、突然乱暴に蹴飛ばされた上に薄く裂いた羊羹を幾枚も投げつけられます。おまけに鏡子夫人がごめんなさいごめんなさいと泣き叫びながら逃げ惑う漱石を華麗な柔術でねじ伏せると、猫は大概その下敷きになると言いますから、酷い話です。 
 或いはこんなこともあったそうです。漱石には寺田寅彦という友人が御座いますが、この寺田という男はなかなか頭が良く、物理学者で、その上ヴァイオリンを得意としておりました。漱石はこういう多彩な識者を特に贔屓する質で、よく滅多に人を入れることのない書斎に彼を招いては飽かずにヴァイオリンを弾かせておりました。これはあくまで猫の推測に過ぎませんが、多分そこには若干の羨望も入り混じっていたのかもしれません、時折漱石が見せる目の輝きは、何やらやらかしそうな危なっかしさをたたえていたそうです。予想は的中しました。好奇心に駆られた漱石は寺田のヴァイオリンを手に取り、さも得意げに胸を張って羊が戦慄くような不協和音を奏で、それを聞いて思わず毛玉を吐いた猫を見て、いきなりヴァイオリンでしたたかにぶちのめしながら、こう叫びました。
「俺は悪くない。全部全部、ヴァイオリンとお前のせいだっ」
騒ぎを聞きつけた鏡子夫人がまたしても現れ、漱石をねじ伏せ、ついでに猫を下敷きにして、ようやく騒動は治まりました。ちなみに寺田は終始顔を紅潮させ、目から涙を零しそうになりながら必死に笑いをこらえていたそうです。
 こうして猫はいつも、夏目家の騒動のとばっちりを受けておりました。そのうちに漱石のほうで、騒動の元凶は自分ではなく、猫のほうにあるのではないかとの根拠のない勘違いを起こし始めたため、次第に猫は疎まれ、遠ざけられていきました。そうして或る日、突然猫は捨てられたのです。猫もこれ以上痛い目にあうのは御免ですから二度と家に上がろうとはしなくなったのですけれども、かといって他に行くところもなく、気が付けば夏目一家の新居まで追いかけてきている、猫の話は、だいたいそんなところで終わっておりました。

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