「ずっと気になってたんだよ」
「なにが?」
「爆弾」
「――爆弾?」
「え、君が言ったんだよ」と驚く。
「――え」
「君が、その鞄は爆弾だって」
「ああ」納得、と頷く。「まさか、それを見に行くの?」
「うん」
馬鹿だ、と友人が言う。俺はいいや、と回れ右してするすると消えた。
教室に着くと、授業がなかったらしく誰もいない。窓が開いているのかカーテンが風で揺れていた。そのカーテンの近く、一番後ろの席に爆弾はあった。
――爆弾、と心の中で呟くと、後ろを通った女子大生が、え、と驚く。呟きが漏れていたことを知り、そのまま話しかける。
「爆弾のタイマーって意外と長い間、作動するんですね」
え、と困った顔をされる。当然だ、と思って前を向いてしばし考える。何か違和感。
「作動しますね」え、と振り向くと女子大生も真剣に鞄を見ている。
「あれ、爆弾かもしれないですよね」
「そうかもしれないですけど、爆弾じゃないかもしれないですよね」
「いや、きっと爆弾に違いないですよ。それで、必死に勉強したら爆発するんですよ」
「必死に勉強したらですか?」前を向いていてわからないが、女子大生が顔をしかめたと予想はついた。
「はい、必死に勉強してもいずれ死ぬんだよ、徒労、徒労、て言いながらきっと爆発します」
「都合のいい考えですね、それは」女子大生は笑った。
「いえいえ、本当ですよ」
「そうですか。――ならば、開けてみますか?」
「え、危なくないですか」
行きましょう、と女子大生は歩き出した。え、え、と言っているうちに女子大生はぐんぐんと進んでいく。相変わらずカーテンは風で揺れる。仕方なしについて行くと違和感に気が付く。前回の場所とからずれている。あれ、と思うけど女子大生にはわからない。いちおう言ってみる。前回と場所が違うんですよ。
「前回ですか?」
「二週間ほど前」
「そんな大昔のことですか。誰かが変えたんですよ。邪魔だから、きっと」
それより、と女子大生は鞄に手をかける。あ、と急いで追いつくころにはもう鞄は開けられていた。やばい、と目を閉じようとすると、鮮やかな黄色が走る。黄色はそのまま広がってこの教室を包み込むかと思ったが、ごろりと地面に転がった。
「レモンですね」女子大生言った。
なるほど、と頷いた。「レモンね」と呟いたのと同時に「ほう」とため息が重なる。ため息が地面を湿らせたとき、あ、と小さく叫んでしまう。
「――爆弾だ」え、と女子大生は目を丸くする。
「ああ、檸檬だ」
「レモン?」女子大生が聞き返す。
「梶井基次郎の」
「ああ」
「読みました?」
「はい、教科書で」
ああ、と今度は女子大生が声をあげた。