小説

『子供心』伊藤円(『浦島太郎』)

 突然、兄弟の一人が叫んで太郎に近寄ってきた。這いつくばって、肩にかけたままの籠を覗いて、それが三人も並んだ。
「いいなぁ、かっこいいなぁ!」
「いいなぁ、ほしいなぁ!」
「オニーチャン、これ、ボクんチョーダイよ!」
 言葉も流れるように続いて、
「こら! 太郎くんにメーワクかけるな!」
 亀田の怒号が響いた。太郎は思わずびくっ、と肩を持ち上げたが、兄弟はそんな事お構いなしに、オニーチャン、オニーチャン、と狂乱したような目を合わせて六つ、太郎に持ち上げるのだった。
「こら! ばかたれ! どけ! どけ!」
 がばっ、と亀田が勢いよく腰を上げて、反射的に太郎は、
「わかった! いいよ! あげるよ!」
 と言ってしまっていた。
「やったぁ!」
「やったぁ!」
「やったぁ!」
 兄弟たちは太郎の行動も待たずに、かぱっ、と籠の蓋を開けてカブトムシを奪った。
「太郎くん、いいんかい、ホントーに、いいんかい」
 すかさず亀田が心配そうに聞いてきた。太郎は、
「いいよ、カブトは、ほら、たくさんいるし……」
 と言った。いいわけなんかない。この夏一番の収穫、『トーサン』をさらわれてしまったのだ。しかし、兄弟たちの興味が自分に向き続けているほうが、よっぽど苦しかった。
「そうかぁ、太郎くんは、ほんとうに、やさしいんだなぁ」
 そんな亀田の言葉に太郎は怒りそうになったが、あげたのは自分なんだ、と何度も自分に言い聞かせて堪えた。手は、半ズボンの裾を強烈に握りしめていた。それに気がついてかどうか、
「……そうだ! ゲームがあるよ! ゲームしよう!」
 と亀田が箪笥に振り返って、太郎も少しは気が紛れるようだった。ゲームに集中すれば、こんな気分も、兄弟たちの騒ぎ声も薄れてくれるだろう。そうして太郎は目を瞑り、自宅の光景を思い描いた。テレビ画面に表示される『プレステ』の、ちゅん、ちゅん、打ち落とす敵機や、ぱつ、ぱち、リズムに合わせて押すボタンの音に耳を澄ました。
「……さ、できたよ! やろう!」
 亀田の声に目を開くと、繋がれていたのは、赤白フォルムの太郎にも懐かしいような『ファミコン』だった。一時代、いや、二時代前の代物、とはいえ、時々、暇を持て余した時にやる事はある、それはいいのだが、太郎が困惑したのは、コントローラーが一つしかないこと、そして、テレビに映し出されたのが、明らかに一人プレイ用のRPGであることだった。
「さ、ほら、これはね、先ず、このでぇたを選んで……」
 むりやりにコントローラーを握らされ、むりやりにボタンを押させられ、ぴこん、とチープな音が鳴った。画面に、緑色の草原と、かくかく動く、たぶん主人公が映った。
「ほら、これでね、そうさするんだ。さ、そのボタンをおして、」
 言われるがままに太郎はフィールドを進んだ。間もなく、とるとる、敵に遭遇した音がして、すると亀田は異様にはしゃぎ始めた。
「これでね、テキをやっつけるんだよ!」
「う、うん……」
 そんな事は、というか全部、言われなくても解る。しかし亀田の指示に従って、敵に攻撃をする。画面に表示された主人公の能力は異様に低く、一目でまるで冒険が進んでいない事が解った。みるみるHPが減っていって、それでも何とか倒すと、やはり亀田は嬉しそうに、
「やったぁ! さすが太郎くん!」
 と言うのだった。太郎は何だか、猛烈に虚しくなった。ゲームなんてやめたくなった。それをどう、はしゃぎ続ける亀田に伝えるか、ふふ、ふふ、愛想笑いをしながら考えていると、
「キャハハハッ!」

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