「男は引き際が肝心なんですよ!死んで花実を咲かせましょう!お爺様!」
「もうよろしいでしょ。それだけ生きたら遣り残した事なんてないでしょ?いい加減往生してください!お父さん。」
「そりゃ妻もとっくに死んで、この歳で新しい女房もないじゃろうし、年金暮らしで特にこれといって遣り残した事はないがのぅ…。」
「だったらもうええやん!アンタが生きてる限り俺らここから出られへんねん!生きとってもこれと言って何もないやろ?寝て食うだけの日々や。」
痺れを切らした重治からは本音が漏れだしていく。
「ワシ今122歳やねん。」
「だからどないしてん?」
「あと一年生きたら123で、ワントゥスリーで何か丁度ええやろ。」
「どうでもええわ!アホか!」
「ん?何じゃ?向こうの方から何かワシを呼ぶ声が聞こえたような。」
「無視しろ!無視!」
「ダメですよ!その声を聞いちゃ。現世戻っても辛いだけです!正直言うとね、長生きしたって珍しいから他人はチヤホヤしてくれてますけど、結構家族は迷惑してるんですよ!」
「お父さん、こっちに来れば生の苦しみから解放されるんです!」
「そうそう。思い切って死にましょう!長い人生お疲れ様でした!」
「でもなぁ、まだデズニーシー行った事無いし。」
「大丈夫や、皆ないから。て言うか俺が生きてた時、そんなもんなかったし…。」
「ゴメン。お前が死んでから二、三度母さんと…。」
「え?親父行った事あんの?息子事故で失ったのに夢の国もないやろ。喪に服せよ!」
「あの…ワシも…老人会で…」
「ジジババが夢の国に何の用があってん!シーは老人向けなんか?」
重治は衝撃の事実にその場に雪崩落ちた。
「痛っ…何じゃ?今、体に電気が走りよったわい…。」
「ひょっとして電気ショックじゃ?」
「おいおい、まさか…。余計なことすんなよ!心肺蘇生させる気じゃ??」
「後生じゃ、止めてくれ~。」
「あ痛っ、またじゃ。さっきより強い。…癖になりそう。」
「末期の際に何に目覚め始めとんねん!死ね!死んでしまえ!」
「ゴール目前でリタイアする気ですか?お爺様、潔く死んで下さい!」
「頼む!楽にさせてやってくれ、重千代もワシ等も…」
「やっぱりワシ戻るわ。お前達に一目でも会えてワシはそれだけで幸せじゃ。冥土にいい土産が出来たわい。達者でな。」
「いや冥土ここやから…って、あぁ行ってもうたやん…。どうすんねん…行っちゃったぞ。」
引き返した瞬間、重千代の姿は何処へともなく消えてしまった。
酷く落胆する3人。ここより解放される最大の好機を逸したのだ。
「…これで良かったんじゃ子が親の死を望むなんて本来あってはならん・・・。」
「どうやら我々は心までこの河原の様に荒んでしまったようですね。」
「ん…あれ?重千代爺ちゃんが戻ってくる…。」
「おお、仏さんはまだワシらをお見捨てにならなんだようじゃ。」
だが重千代は意識が朦朧としているからなのか無言のまま三途の川辺を行ったり来たりしている。
「ええぞ、重千代!もうちょっとじゃ!頑張れ。」
「あ~戻ってまう、戻ったらアカン!」
「そうそう、こっちこっち。手の鳴る方へ、手の鳴る方へ。」
「あっ余計あっち行ってもうたやん。親父何してんねん!」
「ダメだ戻っていく。」
「あっ、やっぱり帰って来た。あっ、でもまた戻っていく。」
「また帰ってきた…ほんで、ムーンウォークしつつって何しとんねん!」
「頑張れ!頑張れ重千代!」
「もう少し、あと一歩です!」
彼等の思いが通じたのか、とうとう重千代は三途の川を渡りきってしまった。
世界一の長寿とされた男がその長い生涯を終えた瞬間だった。