「で重造爺ちゃんは石も積まんと、さっきから何してんねんな?」
「テトリスというたかの。河原の鬼がお前は歳だしこれでで許したる言うからな。でも結局、上までブロックを積み上げればゲームオーバーやし巧いこと積んでいくと下から消えよるんや。いつまで経っても終わりゃーせん!なんと言う無間地獄か。恐ろしや。」
よく見ると重蔵は携帯ゲーム機を手に悪戦苦闘している。こんな光景も昨今の賽の河原事情とも呼べるのものなのか高齢者への配慮も抜かりは無い…。
「じいちゃん完全に騙されてるやん。しかし、いつまでこんな事しとかなアカンねやろ?」
「そんな事言ったってお前仕方ないだろ?息子であるお前が父さんより先に死ぬからこんな事になるんじゃないか!お前にバイクなんて買ってやるんじゃなかったよ全く。お前が先に死んで父さん達がどんな思いをしたか…。」
「そんなん言っても親父も、もう死んでるんやし…もう解放されてもええやろ?」
「父さんだって辛いんだぞ。まさかお前のお爺ちゃんより先に私が死ぬなんて思いもしなかった…。」
そう言って重雄は悲しみの表情で重蔵を見つめる。こんな会話が気の遠くなるくらい長い間繰り返されているのだ。
「すまんのぉ重雄よ。孫の重治にまで迷惑を掛けて…。」
「重造爺ちゃんに謝られてもなぁ…。」
「そうだぞ重治がバイクで事故って私より先に死ぬから悪いんだ。」
「そう言うお前も、そんな歳で一人で雪山に登るから死んでしまうんじゃ。あの時どれだけ地元の警察や山岳救助隊にお世話になったと思う…。」
「すみません…返す言葉もありませんお父さん…。」
「そうじゃろ?何で態々、冬の危険な時期に山に登らにゃならんのか。その点、ワシは寿命じゃもんね。お前らと違って天寿を全うしたんじゃ…。なのにこの仕打ち…。我が父、重千代が未だ生を貪っておる所為じゃ…。」
「まさかお父さんが重千代爺さまより先に亡くなるなんてね…。」
三人は揃って遠く空ではない上を見上げた。
「だいたいウチの家系って沖縄出身って訳でもないし普通の都会暮らしやのに、何であそこまで長生きできんの?重造爺ちゃんでも充分長生きだってのにいつまで生きるつもりやねんな、あの大爺さん。」
「お前らは先に死んじまったから知らんじゃろうが、ワシが死ぬ前の年に重千代は男性世界一の長寿でギネスにも認定され総理大臣から表彰までされちまって…一躍、時の人だわい。」
「医学が進歩したってことなんですかねぇ。高齢化社会窮まれり。医学革新が生んだアイロニー…大昔では考えられませんね。」
「それにしたって長生きしても一日の殆ど寝てるか飯食うか近くに散歩するくらいしかせーへんねやろ?これ以上生きてどうするつもりなんやろ?あれだけ生きてりゃもう大概の事はやってきたやろうに…。」
「こら重治言葉を慎みなさい。重千代爺さんはお前の曾爺ちゃんなんだぞ!私の祖父で重造お爺ちゃんからしたら父親にあたるんだ。」
「言われんでも分かっとるわ。でも本来なら俺の親不孝の罪は親父であるアンタが死んだ時点で終わる筈やねん。それからは生まれ変わるなりするはずやったんや。それやのにまだ親父の親父つまり重造爺ちゃんが死んでなかったから親のそのまた親への不孝の罪でまだここにいないとアカン!」
「だから私も享年六二歳という歳にも関わらずここにいるんじゃないか。」
「やっぱり二人とも怒っておったのか?ワシ普通に生きてきただけやのに…。」
「ほんでその重造爺ちゃんが死んだからやっと魂が解放されると思いきや、まだここから抜け出せへん。重千代大爺さんがまだ生きてる所為や!親父の親父の親父が未だに生きてるからや!」
「重治お前の怒りは最もじゃ。何せここで過ごしてる時間が一番長いのはお前じゃもんな。ワシも正直、この享年九五歳の老体にここでの生活は堪えるわい。せっかく久しぶりに息子と孫の顔を見れたというのに…。」
そう…彼等の親不孝の罪は彼等の先祖代々が息絶えぬ限り決して赦されることはないのだ…。
彼らは極端な例ではあるが昨今の賽の河原ではこういったケースも存在しうる。賽の河原も時代の流れには逆らえないのである…。そんな例外に対しても我ら河原の鬼の役目は変わることはない…毅然と職責を全うするのだ。