小説

『復讐』笹本佳史(『桃太郎』)

どのような経緯で産まれた子供であってもやはり自分の子は特別な存在です。孵化するのはまだまだ先のことですが、私はいつもこの球体を何よりも大切に、そしていとおしいく感じながら過ごしています。生きる意味というのを初めて感じることができました。
しかしながら一点だけ不思議な点があります。
本来であれば我々が産む卵は赤宝と呼ばれたぐらいでしたから、真っ赤な色をしています。しかし今回産まれた卵はそれとは別の色をしています。純粋な赤鬼種の血統ではないので仕方ないのかもしれません。生命の神秘とは不思議なものです、人間の肌の色と赤鬼の肌の色が交じり合ったのでしょうか、薄紅色をしています。私の乏しい語彙力ではうまく言い表せませんが、単純に例えるなら果実の桃のようです。
私は人間社会で暮らし長い月日が経ちましたが、このような幸福感に満ちた日々を過ごせるとは思いもよりませんでした。しかしながら私が逃げ込んだ森の中には、今や松明の炎が日に日に数を増しています。人間達は私を捜すため躍起になっているのがその炎のひとつひとつから感じ取ることができます。憎悪を抱いた人間の影は逃げることができないほど近くに寄り沿ってきています。
私は人間である主人と関係を持ちました。それはこの社会にとって許されざる行為であったのでしょう。ゆえに人間達は私を追うのを決して止めようとしないでしょう。私は近々捕まえられ主人と同じ運命を辿るでしょう。しかし私は何に変えてもこの赤宝、いえ桃宝を守りたいのです。

私はこの手紙を書く前、桃宝を河にそっと流しました。光り輝く水面の上をゆるやかに揺られながら桃宝はどんぶらこと下流へと流れて行きました。一見、冷酷にうつるかもしれませんが、筆舌に耐え難い心苦しい想いでした。そうすることが唯一この子が助かる方法だと考えたからです。私以外の赤鬼であってもきっと同じことをすると思います。
明日、私は里に降ります。そしてこの手紙を貴方に届けてもらうよう頼むつもりです。最初で最後の人間に対する申入れです。私はおそらく殺されるでしょう。それは受け入れています。思い残すことはありませんが、桃宝の行方だけが気がかりです。良き人に拾われることを願うばかりです。

 
桃太郎様。貴方は人間の英知と赤鬼の剛力さを兼ね備えた人物のようです。
桃太郎様。貴方はいったい何物なのですか。失礼しました、貴方自身、嫌というほどそれについて考えてこられたことでしょう。

貴方は赤鬼に対するすさまじい憎悪を持っていました。それは人間の種を守らんとする灼熱のような正義の魂でした。
やがてその魂が我々を実際に滅ぼすまでに至りました。
しかし何故か私だけは生き残りました。冒頭にそれについては全くの偶然かあるいは滅びゆく種の最後の導きと申しましたが、もし貴方の中に我々と同じ血が少しでも流れているとしたら。貴方は無意識にその導きに先導されたのではないですか。

静まり返った秘窟の中、赤鬼たちの死体の中、赤宝の破片が散らばった中、貴方はどうしても最後のひとりを殺めることができなかった。このような戸惑いは一体どこから湧いてくるのか当時の貴方にはまるで見当がつかなかったはずです。その戸惑いを振り払おうと何度も私にむかっ て刀をかざし振り切らんとしたのではないですか。しかしどうしてもできなかった。貴方自身、予期せぬ姿のみえない戸惑いと揺るぎないほど信じた正義との間でひどく葛藤したことでしょうね。背中に吹き込む海風を受け、ぼんやりと仁王立ちする貴方の姿を容易に想像することができます。
結局、貴方の中に眠る我々種族の血が貴方に刀を納めさせました。

 
貴方の中の正義とは真っ当なものだったのですか。

 
私にはいささか複雑すぎてわかりません。
これは私の勝手な思込みかもしれません。悪い冗談だと思い笑いとばしていただいて結構です。しかしこの先、そんな下等種の戯言が貴方にとってひとつの苦しみの火種となれば私はどこか報われる想いがするのです。

長文お許しください。さようなら。

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