小説

『復讐』笹本佳史(『桃太郎』)

私はそんな貴方の眼光に耐えきれずに、思わず光の指す方へと視線をそらしました。穏やかな海と真っ青な空が何事も無いような日常の時間を刻んでいました。
そのような穏やかな日常に反し、貴方の持つ刀から先ほど斬った赤鬼の鮮血が滴り落ち、次に斬られる者を捜していました。
申を殺したことで気立った女鬼たちはまた一斉に貴方に飛び掛りましたが、貴方に触れることすらできず次々と宙で斬られ、死肉の塊としてばたばたと地面に倒れ落ちました。死際の赤鬼達は私のほうを涙を流しながら見つめ、必死に何か言わんとしていました。
周囲に散らばった赤鬼の死体からあふれ出た臓物を戌が無邪気に喰らいついてました。

そんな惨劇からどのぐらい時間が経ったのでしょうか、気づくと私は深い眠りについていました。深海のような深い深い眠りでした。
目覚めた時、私はしばらくの間、周囲の状況を理解できぬまま呆然としておりました。はるか彼方に揺らぐ薄い月が見えました。真っ赤に染められた秘洞。そんな状況下で私はぼんやりと貴方のまっすぐな瞳を思い出していました。幼かった私ですが、その時は達観したところもあり全てを失った諦め、終焉を迎え入れなければならない鈍痛な感情が沸々とわきあがってくるのを感じました。我々は人間においてもこのような行為を常日頃行っていましたが、殺められる側に立ったとき初めて死への恐怖とはいかに巨大であるかを悟りました。
私は散らばった赤宝の欠片をひとつ手に取り、それを口に含み、小刻みに震えながら浜のほうへ歩を進めました。浜には多くの赤鬼たちの死骸が転がっており上空にはさらに多くの鴉達がその死肉を喰らおうと旋回していました。
以上が私の覚えている限りの記憶です。いえ、まだまだ伝えきれないことも多くあるように思います。でも実際こうして筆をとるとうまく言えませんね。

もう少しだけお付き合いください。私の近況をお伝えさせていただきます。
私は先日、赤宝を出産しました。私以外の種は滅びましたので、主人は勿論赤鬼ではありません。相手は人間です。晴天の霹靂とはこのことですね。人間と赤鬼との間に子供が生まれるとは思ってもいませんでした。

主人は私がこの地にたどり着いてから優しく接してくれた唯一の人間でした。しかしそのことが他の者から気味悪がられ、そして多くの反感をかいました。主人は百姓をしており、その日もいつもの通り朝早く家を出ていきましたが、その道すがら数人の人間に取り押さえられました。同時に家に居た私も屈強な人間達に立ち入られ、羽交い絞めにされ、そのまま村人が集まる広場のようなところに無理やり連れて行かされました。その場所に主人は縄で縛られうずくまっておりました。主人は一度だけ私のほうに視線を向けました。はっとしました。その瞳はまさにあの決戦当時、死際の女鬼たちが向けたまなざしそのものでした。互いに違う進化をたどりましたが、赤鬼も人間も深いところでは同じなのだと思いました。
ひとりの村人が主人に何か透明の液体をかけ、別の村人が松明の火をかけました。火は一瞬にして燃え広がり主人を焼きました。私は周りの人間達をはらいのけ主人の方へ駆け寄りましたが、すでに巨大な火柱が主人を包み込んでおりました。呆然と立ちすくんでいた私を村人達がじわじわと取囲みました。私も殺されてしまう。そう思い、私は傍に居た村人ひとりを持ち上げ力任せに放り投げました。それに驚いた村人達はうろたえ後ずさりし、その隙をみて逃げました。因果なものですね、またしても鬼が島の浜を貴方たち一行の襲撃から逃れる時のように走っておりました。その時は、あっけなく死んでいった主人のことを想いながら走りました。ただただ懸命に。
背後からは追ってくる人間達の声がしていましたが、赤鬼の走る早さには追いつけません。私は深い森の中に逃げ込むことができました。

そして翌日、森の中で赤宝を出産しました。

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