小説

『復讐』笹本佳史(『桃太郎』)

北東方向には秘窟と呼ばれる島で最も深い洞窟があり、そこは赤宝つまり我々が卵を育てている場所でした。本来であれば南に向かい舟で島を脱出するのが最善の選択だったかもしれません。が、貴方ほどの戦略に長ける人物であれば舟などすでに沖に流し我々の逃亡を阻止していたでしょう。しかしそれ以前に我々は脱出など考えられなかったのです。なぜなら我が種は最も赤宝を重んじます。故に無意識にその方角に呼び寄せられてしまいました。
我々は必死に貴方たち一行からの攻撃を逃れるため走りました。秘窟につくと女鬼達は赤宝を抱きその赤宝を舐めまわしました。その所作はどのような意味合いがあったのか、種が滅んだ今となっては誰にも尋ねることはできません。しばらくして遠方からの悲鳴は途絶え一羽の酉が我々のもとに飛んできました。私達は恐怖で身動き一つできませんでした。それをいいことに酉はひとりの女鬼の目を鋭いクチバシでつき、更に額の角と角の間をつき、首筋をつき、苦痛に悶絶しながら転げまわる女鬼の腹をつきました。腹は破け、血が勢いよく吹き出ました。それで も酉は何の躊躇もせず何度も身体のいたるところをつき続けました。転げまわる赤鬼とそのまわりを飛び交う酉、羽と鮮血が空中で交じり合っていました。そのうち女鬼の傷口は広がり内臓が一気に飛びで、凄まじい悲鳴とともに白眼を剥き女鬼は絶命しました。私を含む大勢の赤鬼たちはその騒然たる状況を呆然と静観するほかありません。次につかれるのは私ではないだろうか、誰しもがそのような死刑宣告を待っているようでした。酉は赤鬼が動かなくなるのがわかると休む間無く傍にいた別の赤鬼の目玉をつきました。悲鳴が狭い秘窟で共鳴し、私は小さく丸まり耳を硬くふさぎました。
この場を早く逃げたい。逃げたいよ。そう強く思いました。しかし我々は赤宝の傍に居る以上、もう赤宝を見捨てて逃げることはできませんでした。
本来であれば酉などという下等な小生物にやられる種ではありませんが、我々を襲った酉は通常をはるかに上回る能力を持っていました。貴方は化け学の巧者、何かしらの術を与えたのではないでしょうか。
世の一般的な見解では酉申戌を「黍団子」なるものを与えお供にしたと言い伝えられていますが、私は疑わしいと思っています。やはりどうしても納得いかないのです。そのような菓子で野生の生物が忠実な働きをするでしょうか、赤鬼達をいとも容易く殺傷できる能力をもちあわせるでしょうか。私には信じられません。貴方は赤鬼に盛った毒を生成するのと同じように、動物を手懐け且つ能力を強靭なものとする為の薬剤を拵え、それを与えたのではないですか。これは私の邪推に過ぎません。見当はずれのことを申してしまったのであれば滅び行く下等種の戯言と思いお流しください。
話がそれてしまいましたが、次に秘窟にやって来たのは申でした。申は怯える我々には目もくれず奥にあった赤宝を手に取り無感情に岩肌に力任せに放りました。赤宝は割れ我々の子孫であったはずの液体が岩石に染入りました。これには恐怖に慄く赤鬼たちであっても黙っていられませんでした。

余らの神聖なる象を破するものはいかなる状況下においても本能的に抗う。

大勢の女鬼達が一斉に申に飛び掛り、申の両腕を取りそのまま力任せに引きちぎりました。申は獣声をあげ両腕を無くし無残な姿で地面に伏せました、と同時にその申の片腕を持った女鬼のひとりが、ちょうどおへその辺りでしょうか、真ふたつに切断されました。私は倒れ行く女鬼の背後から貴方の姿をみました。日差しが貴方の後ろから差し込んでいましたから、正確に貴方の表情を読み取れませんでしたが、貴方は悲しそうな、それでいてまっすぐな眼差しで我々のことを見つめていたような気がします。今思うに貴方は決して快楽や名声、利己の損得、顕示欲などで我々を滅ぼさんとしたのではないと思います。そんな気がします。ほんとにそんな気がするのです。貴方は実直に自分の中の正義を貫こうとしただけだった、貴方の眼差しからはそんな力を感じました。そこには赤鬼という種に対する強烈な憎悪が反映されていました。

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