小説

『復讐』笹本佳史(『桃太郎』)

冷酷無慙な一面ばかりお話してしまったかもしれませんが、赤鬼の社会にも独自の倫理そして愛情はありました。

我々は大型獣脚類、いわゆる恐竜が祖先とされています。
ですので人間と異なり、胎生ではなく卵を産みます。美しい紅の卵です。我々はそれを赤宝(あかだま)と呼び、皆で大切に育てていました。いくら無骨者な種だからといっても人間と同じ深い母性父性はあります。そして赤宝はとても神聖の存在として扱われておりました。私達は皆、そのような卵から産まれました。赤宝を前にすると如何なる凶暴な赤鬼でも静かに膝を折ります、それは人間界で言うところの祈りに近い行為だったのかもしれません。
あの決戦のことについても述べさせてください。
赤鬼は人間ほどの知能はありません。しかし祖先が恐竜と猿との大きな違いは筋肉の質です。哺乳類とは比べ物にならないほど甚大です。しかしそこに驕りがあったのかもしれません、防衛という意識はどの赤鬼もまるで持っていませんでした。鬼が島は外部の者が気安く立ち入れない火山島だったことも我々の無防備さを増長させていたのかもしれません。

貴方たち一行は決戦前日、我々の食糧庫にもぐりこみ毒を盛りましたね。食糧庫といっても人間世界のような立派な建物ではなくただの洞穴なのですが、部外者が複雑に重なり合った岩陰から食料庫を見つけることは容易ではありません。ですから貴方はその場所をお供の戌をつかい探し当てたと推測できます。戌の嗅覚は非常に優れていると聞きます。しかし毒を食料に混入させるほどの器用さはありません。そこで申を使ったのですね。申であれば切り立った岩肌をのぼることも毒を盛ることも容易の業です。そして貴方はそれらの任務の様子を遠方舟上から眺めていたのです。鬼が島にもわずかながらですが野生の動物は生息していましたので、そのような申や戌の行動を怪しむものはいませんでした。
夜半、半数ほどの赤鬼たちが悶え苦しみだしました。
本来、わが種は屍を喰らおうともまるで平気なほどの丈夫な身体を有しておりますから、少々の毒では効果はありません。しかしその食料を喰らった赤鬼たちは死に至らないまでも苦しみました。このような苦しみは初めての体験です。
そんな毒を容易に生成できるほど貴方は化け学に精通した知識をお持ちなのでしょう。さらに貴方は我が島、鬼が島の地形を完全に把握しておりました。勿論、地図などという高度な代物は 赤鬼にはつくれません。そのため上空から正確に情報を伝達できる酉をお供にしたのでしょう。
貴方の拵えた毒物により戦える者は半数以下でありました。運良く私を含む子鬼女鬼は難を逃れましたが、男鬼達の半数以上は苦痛で起き上がることすらできませんでした。そんな状況を見計らい貴方は鬼が島に降り立ちました。
赤鬼は棍棒という先端に行くにつれ膨れ上がった鐵の武器を持ちますが、それでは重量が大きく腕力に自信のある赤鬼でも俊敏さを欠いてしまいます。貴方の持つ軽量で鋭利な刀には到底及びません。我々は人間から様々なものを強奪しましたが、貴方が持つような武器を奪うという考えには至りませんでした。そもそも我々はこのような侵略行為にあうことを想像もしていなかったのですから。毒におかされることを免れた元気な男鬼ですら貴方の前ではなにもできませんでした。まるで貴方は赤鬼のごとく俊敏さと剛腕さで、次々に赤鬼たちの肢体の屑を築きました。

そんな争いの渦中、私達、子鬼女鬼達はひたすら北東に走りました。私はまだ幼く、さらに恐怖心で足がもつれうまく走れませんでした。何度も岩傷に脚をとられ転びました。貴方たち一行の姿はまるで見えないのに遠方から聞こえる男鬼の悲鳴も相まって眼前に貴方の姿をみた思いがしました。やがて焦燥しきった私はひきつけをおこし動けなくなりました。その姿を見かねた女鬼が後ろから私を担ぎ、そしてまた走り出しました。赤鬼の汗は真っ赤で、私の赤い肌にその汗がこぼれ落ちるのがわかりました。ひんやりとしたその赤い汗は私の赤い肌と混ざりあい更に私の肌を赤く染めました。

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