拝啓
桃太郎様
突然このようなお便りをお送りしたことをまずは謝ります。
あの決戦から幾年が過ぎたでしょうか。ありきたりの表現になりますが長かったようで短かった幾年でした。
貴方の偉業は様々な形で語り継がれ、今や貴方は人間界における唯一無二の英雄になられました。それは甚く自然のことのように思います。貴方はその賞賛に値するだけの事を成し遂げ、時代に大きな変革をもたらせたのですから。
しかし貴方の出生の秘密は未だ謎に包まれています。貴方自身もそのことに関しては随分と悩まれたことでしょう。桃から産まれたなどという摩訶不思議なことはだれも信じられませんもの。私も俄かには信じられないのですが、今となってみるとそんなことは些細な事柄に思えるほど貴方は偉大な人物です。
貴方は私のことを覚えてるはずもないでしょうね。決戦当時、私はまだ物心がついたばかりの幼女鬼でした。人間でいうところの五、六歳ぐらいでしょうか。
他の者はすべて貴方に殺され、唯一、私だけが生き残りました。何故かはわかりません。しかし私だけが生き残ってしまったのは紛れもない事実です。それが全くの偶然なのか、あるいは 滅びゆく種の最後の導きだったのか、残念ながら知る由もありません。そんなこと貴方にとってはどうでもよいことですね、つまらない事を言ってごめんなさい。
私は今、ひっそり人間社会のなかで暮らしております。当時の人間達の赤鬼に対する恨みは尋常なものではなかったので、随分と生き辛い思いもしましたが、これも運命であると納得、いえ 諦めに近い思いを抱きながら今まで暮らしてきました。勿論人間に危害を加えたりはしておりません。そればかりか人間から様々な迫害を受けてきましたが、一度だって人間に反抗することは ありませんでした。そこはご安心ください。これからもそのつもりです。私は女鬼です。男鬼に比べると随分と力は劣りますが、人間ひとりやふたりでは太刀打ちできません。しかしそんな私が何故、無抵抗に人間たちの無残な仕打ちに耐えてきたのか、不思議に思われますか。それは 人間たちに対する贖罪からではありません。そもそも私は人間に対して罪の意識など持ったことすらないのですから。私の中にあったのはただひとつ。それは貴方です。私の中には貴方があ まりに強大に居ました。刀を振り回す貴方は決戦が終わってからも私の中に絶えず存在していたのです。私は貴方の虚像に恐怖していました。ですので人間には小指の先ですら触れることをはばかられました。
そんなこんなで随分あなたのことを恨んだ時期もありました。今はどうでしょうか、不思議と自分でもわかりません。
前置きが長くなりましたが、ひとつの節目としてこの手紙を書くことを決意しました。 我々がどのような種族であったか、どんな暮らしをしていたか、そしてあの決戦のこと、その後のこと、私なりにまとめる時期に来たのだと感じております。私的な事情で貴方を随分と驚かせ てしまったかもしれません。それについては申し訳なく思います。しかし貴方には私の想いをわかって欲しいのです、少なからず貴方にはその責務があるように思います。私たち種族は人間 に比べると随分知能が劣ります、故に散文駄文であるのは承知の上、お付き合いいただければ 幸いです。
我々は、人間が抱く印象の通り粗暴で野蛮、刹那的であり、腕力のみが重んじられる社会で暮らしていました。社会といえるほど大そうなものではないのですがここでは敢えてそう呼ばせてください。
我々は多くの人間たちを虐殺し奪いました。御存じの通り人間界では赤鬼は完全な悪と見なされていましたが、もちろん我々自身は自分たち をそんな風には考えていませんでした。恨みや恐怖の上で生きることは我々にとってはごくごく自然なことなのです。捕食する者される者、単純な自然の摂理に従っていただけなのです。