小説

『赤いスカーフの女』清水健斗(『赤ずきん』)

 落ち着いた声のアナウンサーがニュースを読み上げていた。
「続いてのニュースです。東京都起きて・・・連続婦女暴行事件ですが・・・犯人・・・」
山が深くなった為か、電波状態が悪く、ニュースはすぐ聞こえなくなってしまった。
「今の事件の被害者も赤ずきんちゃんと一緒ね。オオカミに食べられちゃった。きっと相手の事、信用してついて行っちゃったのよ」
 また、重い雰囲気が車に流れる。それを察したのか、涼子は慌てて場を繕った。
「ごめんなさい、変な事言って。気味悪い女って思った?」
「そんな事は無いけど。でも、不思議な人だなって思った」
「よく言われるの不思議ちゃんって。気をつけなきゃね」
 少し甲高い声の涼子だった。度々感じていた違和感は、やはり和也の考え過ぎだったのだろうか?
 どちらにせよ、涼子本人も感じているように彼女には陰と陽の二面性があるのだ。ある時は明るい太陽、ある時は冷たい月みたいに。
しかし、それは和也にも言える事だった。涼子に見せていない陰の部分が疼いていた。

「うわーキレイ!」
 目的地に着くと、涼子は子供の様に車の外へ駆け出した。空に広がる星空を見上げる涼子。あまりにも無防備な後ろ姿。
 風になびく黒髪。月に灯りに照らされた白い項。
 和也の鼓動は高まり、興奮は最高潮に達していた。
 後部座席に隠し持っていたカメラを取り出し、そっと車の外に降りる和也。あまり音を発てず、ゆっくりと涼子に近づく。
(いまだ!)無防備の背中に襲いかかろうとした瞬間、涼子は身体を反転させ和也を睨んだ。
 ナイフの様に鋭い眼光に、一瞬躊躇する和也。
 次の瞬間、ジジジという電気音と共に鈍い痛みが胸部に走った。身体の力が抜け、その場に崩れ落ちる和也。
 薄れ行く意識の中で見たのは、スタンガンを片手に和也の事を見下ろす涼子の姿だった。

 どれぐらい気を失っていたのだろうか?ぼやける視界と記憶、まだ夢を見ているようだった。
 少し身体を動かすと、胸部に火傷なのか、にぶい痛みを感じる。
 その痛みとともに涼子の狂気じみた表情が頭を過った。和也は慌てて身体を起こそうとしたが、身体が言う事を聞かない。視線を自分の身体に動かすと、手足が縛られている状態だった。
「やっと目覚めた?」
 言葉の方向に視線を向けると、涼子が佇んでいた。

「妹の話をしたでしょ?私の妹、里美って言うの。ある事件の被害者だった」
 淡々と語りながら歩み寄って来る涼子。
「妹はね、もうすぐ結婚する予定だった。事件の日、電車が遅れてね。私は『迎えに行こうか?』って言ったの。でも歩いて帰るって。それが交わした最後の言葉になった」
 涼子は足を止め、カメラを和也の顔横をめがけ放り投げた。
「苦しむ女の子を録画して楽しい?」
「……」
「それから色々調べたわ。妹の事件以降、しばらくあなた行動を起こさなかったから諦めていたとき、例の婦女暴行事件が起きた。同一犯だって直感したわ。それから被害者に何度もお願いして、SNSがきっかけだと知れた。待って、待って、待って。やっとたどり着いた」
「それだけじゃ俺があんたの妹を」
「確かに分からなかった。私も半信半疑だった。だからこの間会ったとき、あなたの髪の毛を採取して警察に渡したわ。さっきニュースでやってたのは犯人があなただって分かったっていうニュースよ。それに、車の中から妹のキーホルダーが出て来たら決定的でしょ?」
 身の自由を奪われた和也の顔の上でキーホルダーを揺らし、見下す様に笑みを浮かべる涼子。
「このマフラー、最初は白だったのよ?」
 マフラーを触る涼子。
「でも遺留品として戻って来たマフラーは妹の血で赤くなってた」
 和也は車中で感じていた、恐怖が何なのかようやく気付いた。
「ねぇ、赤ずきんの最後ってどうなるか知ってる?」
 和也は赤ずきんの物語を思い出して、自分の末路がどうなろうとしているのかを察した。涼子は懐から、ナイフを取り出した。
「やめてくれ! 死にたくない!」
「……何人の子があなたに同じ事言った?」
「頼む……助けてくれ。妹を殺すつもりは無かったんだ」
「さようなら、オオカミさん」
 涼子が大きく振りかざした。目を瞑る和也。

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