小説

『犬の兵隊さん』平井鮎香(『桃太郎』)

 この国で戦争が始まったのはもう、50年以上も前のことだ。
日に日に戦況は悪化し、もはや自国が勝つ可能性など0に等しいことは、誰の目にも明らかだった。この戦争の先に得るものなど何もない。戦に行った者は帰ってこない。食料は底をつきかけている。
それでも戦は終わらないのだ。

 抵抗しても無駄なことを知っているぶら子は、なけなしの食料を兵隊さんに納め、仕事に行く準備を始める。
ぶら子の仕事は、兵隊の軍服の洗濯であった。兵隊さんのお役に立てる仕事は給料が良い。
良いと言っても、良くはないのだが、女がもらえる仕事にしては良い方だ。
米を徴収しに来るついでに、兵隊さんは上官の汚れた軍服を置いていく。
思わず目を背けたくなるようなどギツイピンク色の塊を、ぶら子は竹のカゴにぎゅうぎゅうに詰めて家を出た。

 家の近くには細くて美しい川が流れている。
戦争で汚されてしまったこの国に残された唯一の美しいものだ。
橋の下の日陰に入り、汚れた軍服を浸していくと、ピンクの塊から茶色いような、薄黒いような液体が油のように広がっていく。
滲み出た汚れがこの唯一の美しいものすら汚していくような気がして、
ぶら子はなんとも言えない気持ちになった。

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