小説

『寿限無の名付け』名鳩玲(『寿限無』)

「普通の名前を付けられた人は知らないだろうけど、名前を変えるのも簡単じゃないんだ。正当な理由が必要なんだから」
「正当な理由?」
「例えば芸名として長年別の名前を使用していて認知されているとか、同姓同名の人が身近にいて混乱するとか」
「確かに貴方は芸能人でもないし、同姓同名なんている訳ないよね」
「そもそも役所に名の変更許可申立書を提出しようとしても、申立書の現在の名前欄が小さすぎて書ききれないから出せないし」
「そうか、貴方も苦労してるわね。じゃあ長い名前がダメなら逆に短い名前にしたらどうかしら?」
「短い名前?」
「うん。例えば『一(いち)』とか」
「『一』か。確かに考えられうる一番シンプルな名前だね。でもなんだか横棒一本も味気ないしな。他に短い名前はないかな?」
「画数が一画の漢字で考えると『乙』と言う名もあるけど」
「乙はダメだろ。甲乙丙の乙だから真ん中だ。平凡な人間にしかならない」
「確かに。漢字には意味があるから画数や読みだけじゃなく意味も大切だよね」
「俺の名前の寿限無だって『じゅげむ』って音で聞いても何のことだか分からないけど、漢字で読んだら『寿(ことぶき)限り無し』だから幸せいっぱいを願って付けられた名前であることがすぐ分かる」
「漢字は難しいね。じゃあ別に漢字にしなくても、平仮名でも良いんじゃない?」
「平仮名か・・・。一画の平仮名って何があるんだっけ?」
「一画の平仮名と言えば『く』『し』『の』『へ』かな」
「『し』と『く』はダメだよ。カタカナにしたら画数が増えちまう」
「じゃあ『の』か『へ』だね」
「『へ』だと平仮名かカタカナか分からないからダメだ」
「じゃあ『の』にする?」

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