小説

『エバーグリーン・ガール』久遠静(『櫻の樹の下には』)

 私は抑えていた感情が込み上げてきて、胸につかえていた言葉を一度に吐き出してしまった。
 病室に沈黙が流れた。
 先輩は少し驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、私を見つめて言った。
「マキちゃんはさ、エバーグリーンって言葉知ってる?」
 私は首を横に振った。
「あのね、エバーグリーンはね、常緑樹みたいに季節が変わっても、ずっと緑であり続けるっていう意味があるの。この病室から見えるあの一本の樹があるでしょ。あの樹はね、雪がたくさん降ろうと、日照りが続こうと、元気な緑の葉を常に身に纏っているの。一年を通して常に綺麗な緑色をしている。それがエバーグリーンなの」
 苦しそうにしながらも、声を絞り出しながら話す先輩を私はただ見つめていた。先輩は私に向かって話し続けた。私はその言葉を一つも取りこぼさないようにしっかりと耳をかたむけた。
「それにね、環境が厳しいところの方が葉の寿命が長くなるんだって。マキちゃんはね、きっとあの樹と同じなんだと思う。まだまだこれからマキちゃんは演技が上手くなるし、色々な経験を積んで大人になっていくの。だからね、今度の舞台はマキちゃんにヒロインを演じて欲しいな」
 先輩の声は震えていた。その振動が私の鼓膜にも伝わった。
「先輩……」
 どうしてなのだろう、先輩の顔をしっかりと見たいのに、私の視界はひどくぼやけていた。きっと今の私はひどい顔をしているに違いない。こんな私の姿を先輩に見て欲しくはないけれども、先輩の前から立ち去るのはもっと嫌だった。

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