小説

『エバーグリーン・ガール』久遠静(『櫻の樹の下には』)

 実際のところは今日も演技指導の先生に注意ばかりされていた。だから本当は先輩に色々と相談したいことがあった。でも先輩の様子を見ると、まだ体調は良くなさそうであった。だから今は先輩の心配事をこれ以上増やさないためにも黙っていることにした。
 先輩の傍にあるテーブルに目をやると原稿用紙が数枚置かれていた。そこに書かれているのは、おそらく先輩が書いた文章なのだろう。
「先輩、何を書いていたんですか?」
「今ね、来年の春に新入生歓迎会でやる舞台の脚本を書いていたの。病室って暇でしょ。ただ寝ているだけじゃ勿体ないと思ってね」
先輩はその原稿用紙を手にとりながら嬉しそうな表情をしていた。
「それはそうですけど、あんまり無理しないでくださいよ。先輩そうやってなんでも無理しようとする癖あるんですから」
「はーい」
 先輩はちょっと照れくさそうに口を窄めて返事をした。先輩とここまで気軽に話すことができるのは、部員の中でもおそらく私くらいしかいないだろう。先輩はみんなの前だとしっかりしすぎるところがある。だから、多少は私が先輩に息抜きをさせてあげる場所を作ってあげる必要があるのだ。
「次の舞台はどんな内容なんですか?」
 先輩は原稿用紙をパラパラとめくりながら答えた。
「まだちゃんとは決めてないんだけどね、前回の続きを書こうと思っているの。最後のシーンでヒロインが桜の樹の下に自分を埋めることを提案して終わるでしょ。その続きが自分でも気になって書いてみているの。もちろん初めて公演に来る人にも伝わるような内容でね」
「私、あのシーンすごく好きです。なんて表現したらいいか分からないんですけど、満開に咲き乱れる桜の中でそれまでの思い出が一気に駆け巡るというか、心臓がぎゅうって締め付けられる感じで、あの、先輩ってやっぱりすごいなって思いました」

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