小説

『凍てつかせたのは雪男』五条紀夫(『雪女』)

 十五年前。
「起きてくださーい。そんな所で寝てると死んじゃいますよ」
「眠りながら死ねるなら本望だ……」
 雪の中に立つ彼女は、人とは思えないほど、美しかった。
 職を失って自暴自棄になっていた俺は、酒の力を借り、公園のベンチで眠っていた。辺りは雪景色だ。俺を見下ろす見知らぬ彼女の言う通り、そのまま眠り続ければ凍死することだろう。
「見かけた人に死なれると寝覚めが悪くなるんで起き上がってくれません? もうすぐ終電だから早く帰ったほうが良いですよ」
「あいにく帰る場所がないんだ。ネカフェに泊まる金も尽きたしね」
 投げやりに応対していると、彼女は、冷ややかな表情ながらも、かすかに考える素振りをした。
「……じゃあ、うちに来ます?」
「は?」
 冗談かと思ったが、食材の詰まったビニール袋を差し出された。自宅まで荷物持ちをしろということだろう。あまりの怪しさに警戒をしたものの、無言の圧力に負け、俺はその袋を受け取ってしまった。
 彼女の自宅は単身者向けの狭いアパートだった。室内は雑然としていて生活感が滲み出ている。道すがら、家に着いたら悪漢に襲われるのではないかと考えもしたが、差し当たり、その心配はなさそうだった。
「あのさ、知らない男を家にあげるなんて、危ないと思うよ?」
 袋の中身を冷蔵庫に移しながら尋ねる。すると彼女は肩をすくめた。
「盗られて困るものなんてないし、大丈夫でしょ」
「いや、命を盗られるかも知れない」
「それも含めて盗られても困らないんだよ」
 その顔は諦観しきっていた。

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