小説

『ユー&アイ』十六夜博士(『嫁入り竜女の忘れもの』(富山県))

ワタナベさんが私を連れて行ったのは、学校から少し離れた田んぼが広がる地区だった。田んぼにいた、おじさんの元に向かう。おじさんの元に辿り着くと、ワタナベさんは息を弾ませながら言った。
「文化祭委員になったよ。この子が相棒のミクちゃん」
いきなり紹介されて、「……はじめまして」と身を縮こませる。
おじさんは優しく微笑んだ。
「私、文化祭に向けて、お米を作りたいの。この親戚のおじさんの田んぼを借りて」
渡辺さんが説明を始めた。
種まきから始めて収穫まで私たちのクラスでやるという。そして、収穫したお米でおにぎりを作り、文化祭で振る舞う――。あまりに壮大でちょっと不安になった。
「中学校の文化祭は、この町では大きなイベントだから、それで町をまた盛り上げたいの。それに……」
ワタナベさんは一旦言葉を止めた。
「ミクちゃん、震災の時、覚えてる? 避難所でおにぎり貰わなかった?」
「うん、貰った」
「美味しくなかった?」
あの時の記憶が蘇る。全てを飲み込む目前のドス黒い水流――。胸がドクドクと鳴り始める。私は無言になった。
「それに温かくなかった?」
 渡辺さんが私の顔色を伺う。
10年前の震災で大きな被害を受けたこの町と私たち。誰もが暗い気持ちだったあの時、差し入れられたおにぎりは確かに温かかった。ドクドクと鳴っていた胸が静まっていく。私はワタナベさんに笑顔を返した。

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