小説

『旧い友人』平大典(『文福茶釜』)

 今、なにをしているのだろうか。
 いい思い出とは言い難い。俺は学校に友だちがいなかった。だから通っていたのだ。サトシが好きだったわけではない。口数も少なく、流行りのアニメも観ていなかったからだ。年齢がいくつだったかも覚えていない。少なくとも俺の学年にはいなかった。
 どうだったのだろうか。
 高学年になり、俺には小学校で友人ができた。打ち解けたきっかけは思い出せない。たぶん、それで、サトシと遊ばなくなった。うしろめたさを隠すために、「あいつは、おもしろくなった」と思い込むようにしたのかもしれない。
 俺は踵を返し、林道に背を向けた。
 と、目の前を栗色の犬を連れた中年の女性が歩いていった。女性はちらりと俺を見て、「こんにちは」とやわらかく告げた。俺も挨拶を返すと、「奥には家があるだけですよ」と女性が林道を指さした。どうやら林道を見てぼうっとしていた俺を気にかけてくれたらしい。
「あ、そうですか」俺は笑顔を作った。「その家、まだだれか住んでいますか?」
「いえもう、空家です。たしか」女性は赤色のリードを腕にぐるりと巻いた。「そうそう、昔はおじいちゃんが一人で住んでいたけど、亡くなっちゃったの」
「へえ。……孫とかいませんでした?」
「いやあ」女性は頭をひねる。「犬だかタヌキだかを飼っていたけど。どうだったかしらねェ」
 それ以上は質問しなかった。

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