小説

『旧い友人』平大典(『文福茶釜』)

 なんだ、見られていたのか。俺はバツが悪く、生ビールを少し口に含む。
 片桐は続けた。
「薄気味悪い林道だよな、あそこ」片桐はビールでのどを潤してから、続けた。思い出すような話し方だった。「……で、たどり着いたら、ぼろい家でさ。お前、そこの家の犬と遊びはじめちゃってさ」
「犬?」
 片桐の表情が曇る。「ううん。そういわれるとな。……タヌキかキツネだったかも。首輪もしていなかったし。うーん、昔すぎて、記憶が曖昧よ」
「そっか」俺も少し唸った。記憶が違う。
 どういうことだ。あの家にはサトシがいたはずだ。背が低く、ぼやけた顔をしている、気弱な男の子。
「アーなんか思い出してきたな」片桐は浅黒い腕を組む。「お前と遊ぶようになったころ」
「なんだっけ」
「小4のころ、ゲームボーイアドバンスが流行りはじめでさ。放課後かな、お前が帰り道の電柱の脇だかで、それで遊んでいたんだよ」
「よく覚えているな」
「そりゃあ」片桐は少し上を向く。「ま、ちょいキモいかもな。どっちにしろ、お前にゲームやらせてもらってさ、遊ぶようになったんだよ」
 たしかにゲームボーイアドバンスをやっていた記憶はある。紫色の機種だった。
 しかし。
「覚えてないな」俺もぼそりと呟く。
「なにを」
「不思議なんだけどさ。アドバンスで遊んでいたのは間違いないんだけど。俺がどんなゲームを買ったのかを全然覚えてないんだよな。不思議なんだけどさ」
 笑んだままの片桐は表情を崩さずに告げた。
「んなもんだよ」

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