「ほら見てみよ」
男ははるか高い梢を指さし、私にこう申したものです。
「この木になる実が、高く売れるのだ。そうして稼いで、我らは食いつないでおる。いいか、よく覚えておけ」
男の眼差しはうすら寒くもありました。
「実を売って暮らしを続けよ、とコトリが告げたのだ。この木は決して、粗末に扱ってはならぬぞ」
実が薄緑から次第に赤く、そして終いに真っ赤に熟れる頃、いつも養い親の男が、腰に厚手の布袋をつけ、長い梯子を立て掛け登って、片っぱしから実をもいでいきました。
すこし硬い実を選り分け、それを木箱に詰めるのが養い親の女と私のしごとでした。
木箱がいくつかできると、それを男がどこかに売りに出るのです。付近には人里もなく、男がどこにそれを売りさばきに行くのかは私にはうかがい知れませんでした。
それでもたいがい、夜もとっぷりと更けた頃、男が空の木箱とそこそこの金を持って帰って来るのでした。
うちの李は味が良いからな、と帰ってきていつもよりは僅かに豪勢な夕餉を囲みながら、男は機嫌よくそう言って笑ったものです。
いつもはあまり笑わない女もそんな時には、酌をしながらうっすらと笑みを浮かべました。
その時期には私も、すっかり熟れきって売り物にはならなくなった実を貰ってはかぶりつくのが楽しみでした。
果実は甘く汁けがほとばしるようで、種近くにかすかに感じる酸っぱさと一瞬の苦みが癖になるようで。
もう一つ、もう一つと後を乞う私を、夫婦は何故か、やや悲しげな目をして眺めるのは不思議ではありましたが。
それでも、李が売れて機嫌のよい時の男に、束の間の旅の話をきくのも、大きな楽しみでありました。
夫婦はめったに遠出をしません。男の方も、普段は庭の隅にある畑を耕したり、付近の森で木を切ったり粗朶を拾ったりという暮らしでしたので。だから余計、この時ばかりは昼間見聞きしたものごとを訥々とではありながらも語ってくれるので、私は目を輝かせて聞いておりました。
李にかぶりつくよう、夢中になって。さて。