小説

『かぐや姫の後胤』川瀬えいみ(『竹取物語』)

 そう言って父が微笑んだ――と、私が思った時には、彼の姿は図書館のエントランスホールから消えていた。
 一瞬の出来事。彼が消えたことに、ホールの学生たちは誰も気付いていないようだった。
 私はぽつんと一人でそこに立っていた。

 
 千年以上昔に成立した竹取物語の主人公が彼の祖母で、先日亡くなったというのなら、彼等の寿命は確実に地球人の十倍以上長い。
 彼がいつか地球を再訪することがあったとしても、その時、私はもう生きていないだろう。私は二度と、父の面影を宿したあの人に会うことはないのだ。
 私はそれが悲しかった。
 実のない虚妄でもいい。虚しい偽物にすぎなくてもいい。私は彼に、
「お父さん、ごめんなさい。ありがとう」
 と言いたかった。

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