小説

『かぐや姫の後胤』川瀬えいみ(『竹取物語』)

「祖母から聞いた話では、この星の知的生命体は、疑うことを知らない素朴で素直な生き物ということだったのに、短時間で随分と変わってしまったようだ」
「あなたのお祖母様というのは」
 私には見当もつかない。けれど、彼の答えを聞いても、私は取り乱さなかった。
「なよ竹のかぐや姫と、この国では呼ばれているんだろう?」
 微笑むその顔は、やはり父の若き日の面影を宿している。これほどの不思議、これほどの奇跡が起きているのだ。彼が本当にかぐや姫の孫であったとしても、周章狼狽するようなことではない。

「私の祖母は、全能人と異名をとるほど有能な人だった。彼女は、世界をより良いものにするために、故郷の星の支配者になる決意をした。ところが、反対派の者たちが祖母を捕らえ、文明のないこの辺境の星に追放してしまったんだ。愚かなことをしたものだ。母星は、祖母の知識と判断力、カリスマ性なしには立ち行かなかった。祖母がいなくなった途端に、母星では愚民たちが権力闘争を始め、それはすぐに大規模な戦闘になった。結果、大地の五割が消滅し、同胞の七割が落命した」
 それは、衆愚政治が一つの星を滅ぼしかけたということだろうか。
「この星に流された祖母は、この国の為政者に近付いて、この星を支配する計画に取り掛かっていた。この星に文明をもたらし、母星に帰還する装置を作れるだけの環境を整えるために。ところが母星の者たちは、祖母が母星を疎んじ、この星を愛するようになったのだと誤解した。母星の者たちは、祖母に見捨てられることに戦慄し、平身低頭、鳴り物入りで、この星に祖母を迎えにやって来たんだ」
 それが、この国で流布されているかぐや姫の物語の真実ということなんだろうか。では、かぐや姫は、月よりもっと遠いところから来た人だったことになる。
「つまり、あなたは地球人ではないということ? なのに、どうして、あなたは私の父に似ているの」
 私が知りたいのは、その謎の答えだ。かぐや姫の正体ではない。
 父が答える。
「私の姿は、私を見る人間に最も好ましく慕わしい人の姿に見えるんだ。だから、誰もが、私に好意を抱き、私のために尽力する。私が君にどんな姿に見えているのか、それは私にはわからない」
 理想の美女を求める平安時代の貴公子たちに、彼の祖母は絶世の美女に見えたのだろう。本当の姿はタコかナメクジだったかもしれないのに。虚妄の美女のために、貴公子たちは命をかけ、破滅していったのだ。幸せなことに。

「祖母がこの星にいたのはごく短い期間だったので、さほど期待せずに古い資料を探し始めたのだが、あまり意味はなかったな。物語の半ば以上が空想で記されている。要約本が呆れるほど多量に流布しているのには驚いた」
 それはそうだろう。かぐや姫の絵本は、日本中のすべての学校、図書館、書店に置かれている。
「この星は、文明の質も人間個体の身体能力や知能レベルも、すべてが最低。ただ一つ、人間の想像力だけが傑出している。ほとんど異常といっていいほどだ。神という存在を創り出し、神話を編み、宗教を生み出し、死後の世界などというものまで妄想する。事実を記録するだけでなく、作り話を無数に作り、それらをいちいち記録に残す。君たちは、この原始的な星で、自分たちを宇宙一優れた生命体だと妄想することもしてのけるだろう。本当に面白い星だ。私はこの星の未来に大いに興味がある」

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