小説

『かぐや姫の後胤』川瀬えいみ(『竹取物語』)

 私の極端な人見知りを知っている恩師も、いつになく能動的で大胆な私の言動に目を丸くして――ルーペで私の顔をしげしげと観察してきたくらいだった。
「先生! 彼の望みを叶えてあげてください。菅原道子、一世一代のお願いです!」
 私は涙ながらに恩師に頼み込んだ。私の常軌を逸した激情に、教授が驚いたのは無理もない。見知らぬ青年のためにそこまでのことをしている自分に、私自身が驚いていたのだから。
 そんな私の泣き落としに、さほどの力があったとは思えない。たとえ幾許かの力があったとしても、私の泣き落としが効くのは我が恩師まで。私は、文学部部長とは面識もないのだ。
 私は、私にできる限りのことをした。私は彼のために必死だった。
 それでも。
 彼の望みが叶う可能性は限りなくゼロに近いと、私は思っていた。
 思っていたのだが。

 
 なんと、彼は、三日後、学長印の押された閲覧許可書を持って、再び私の前に姿を現したのだ。
「閲覧が許可されました。菅原さんが教授をご紹介くださったおかげです。どうもありがとう」
 彼は、今日の午後二時から、我が恩師と文学部部長立ち合いのもとで閲覧の運びとなっていると言って、私にやわらかく微笑んだ。
 文部科学大臣の紹介状があっても、一週間以上前からの閲覧申請が必要だというのに、これはほとんど奇跡といっていい仕儀である。彼は、何か特別なコネを持っているようでもなかったのに。
 私は狐に摘ままれた気分で、彼を貴重図書閲覧室に案内した。

「祖母が亡くなったので、その詳伝を作成する企画が持ち上がり、その資料を探しているんです」
 彼のお祖母様の詳伝――それが竹取物語とどう関係があるのか。まさか、写本を発見、当学に譲渡したのが彼のお祖母様だったということはあるまい。あの写本は、京都の寺社が所蔵していたものを、当学が戦前購入したものと聞いている。
「祖母は、多方面に関わりがあった人で……」
 私の胸中の疑念を読み取ったかのように、彼が言う。説明になっていない説明。どういう聞き方をしても、それは、事実をごまかすための説明だった。
 当然、私の疑念は一層深まる。というより、私は、この奇跡としか言いようのない成り行きに混乱していたのだ。混乱する思考と心を整理するために、私は、彼を閲覧室に残して受付カウンターに戻った。
 そんな私に、瞳を爛々と輝かせた先輩司書が飛びついてくる。
 彼女は私に奇妙なことを言ってきた。
「なに、あれ、すっごいイケメン! ルドルフ・ヴァレンチノか、リバー・フェニックスか。国文資料の閲覧希望者なの?」
 先輩は超面食いの名画オタクだ。彼女が口にした横文字の名前がイケメン俳優の名だということは、六条御息所派で、薫の君推しの私にも察しがついた。

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