小説

『かぐや姫の後胤』川瀬えいみ(『竹取物語』)

 それは察しがついたのだが。
 イケメン? それは、私の父の若い頃にそっくりの竹宮直也のことを言っているのだろうか?
 私にとって、父の面差しは懐かしく慕わしいものだし、父は決して不細工な男性ではなかったと思う。しかし、イケメンオタの先輩に鼻息荒く『すっごいイケメン』と言われるほどかというと、決してそんなことはない。
「次に来た時は、私に案内させてねっ、ねっ、ねっ!」
 先輩はそう言って、私に指切りまでさせた。先輩の目には、彼がコーカソイドの超絶美男子に見えているかのようだった。いや、でも、まさか、そんな。

 私は妙な違和感を覚えて――立ち合いのためにやってきた我が恩師に探りを入れてみたのである。
「先生。先日は、ご無理をお願いして申し訳ありませんでした」
「ははは。あの竹宮さん、まとっている雰囲気が、私のイメージする八上比売そのものだったので、年甲斐もなく、のぼせあがってしまった。気が付いたら、学部長に推薦してしまっていたよ」
 ヤガミヒメというのは、日本神話に登場する、教授ご贔屓の美女のこと。八十人の男に求愛されながら、雑魚を物ともせず、大国主の命を夫に選んだ聡明な姫君の名だ。
 いったい教授の目に、竹宮直也はどういうものに映っているのか。教授のイメージする絶世の美女が私の父に似ているなんてことはあり得ない。
 私は、畏れ多くも、我が恩師に数分遅れてやってきた文学部部長にもお伺いを立ててみた。
 学部長曰く、
「うちの孫が、今、六歳の生意気盛りでね。あの子が素直に育ったら、竹宮さんのようになるのではないかと思ったんだ。私は孫には弱くてね。目に入れても痛くないと、本気で思うよ。まあ、貴重な資料と言っても、見るだけなら減るものでもないし」
『そのお孫さんは男の子ですか、女の子ですか』と訊くことは、私にはできなかった。
 さすがに学長のところにまで彼の印象を訊きにいくことはできなかったが、もしそうすることができていたなら、学長からはどんな答えが返ってきたのか、私には想像もできない。

 
「あなたは何者?」
 貴重文書の閲覧を終えて図書館から立ち去ろうとしていた彼に、私は尋ねた。尋ねずにはいられなかった。
「私、あなたが普通の人間じゃないような気がするんです」
「……」
 沈黙が三十秒も続いただろうか。
 彼は、私の父の顔で、優しく微笑した。何を言われても許せる、懐かしい父の微笑。
 彼が何者であっても、私には彼を責めることはできない。

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