小説

『僕らはみんな』笹木結城(カチカチ山)』

ガタイの良さを生かした威嚇ポーズを見せてくる姿はまさにゴリラのドラミングだ。この男にウサギと笑われるのは男としてのプライドが多少傷つく。鍛えてもなかなか筋肉がつかないのが小さな悩みでもあるからだ。そんなこと今は全く関係ないから言うつもりもないけれど。何度も何度も目の前の人間を自分の手で懲らしめる夢を見るせいで、僕自身もかなり参っている。背中に火をつけて、傷口に劇薬を塗り付けて、最後は溺れていくのを眺めているなんて、本当に正義の味方なんだろうか。おばあさんを苦しめ、鍋にまでしたタヌキは民話の中での話で、彼が本当にタヌキかなんて僕にはわからない。

静寂が訪れた沼に映る自分の顔が、何よりも不気味だった。

「あんま寝てへんのやろ?今日は自主休講してゆっくり」
「緋山くんですよね?」

朔の言葉を遮ったのは見たこともない女の子だった。何が起きたのかもわからず頷いた僕に顔を貸してくれと頼んでくるあたり、相手は僕を知っているんだろう。朔が口をパクパクさせているのは、この人が可愛らしいからだろうか。キャンパス内で知る誰よりも大学生らしい男だ、なんら不思議ではない。色恋沙汰から遠ざかっている僕から見てもなかなかきれいな顔立ちだと思うから、羨ましがられている可能性もありそうだ。

「え!?教育学部の枡山さん!?」
「はい……そうですけど……」
「勇太朗、おま……いつから知り合いなんだよ!」
「いや……初めて会った」
「ええ!?」
「……すみません、ちょっと急用なんです」
「えっ、あの」
「すみません」

枡山さんと呼ばれたその人はだいぶ強引に腕を取って、流されるようにカフェテリアから出された。去り際に見た恨めしそうな朔の顔で思い出した、アイドルのような顔立ちと柔らかな物腰の子が教育学部にいると騒いでいたことを。このキャンパスには文学部と教育学部しか入っていないから他学部の交流もまあまあ盛んだけど、彼女の周りには常に誰かがいるからなかなか話しかけられないと嘆いていた。その枡山さんが一人で僕のもとにやってきて、朔には見向きもせずに立ち去ったのはいささか気分が悪いだろうな……。

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