小説

『橋の上、真ん中あたり』室市雅則(『橋立小女郎』(京都府))

 四条大橋を西に向かって渡る。
 人通りがほぼ無く非常に歩き易い。これが日中かつシーズンともなれば観光客で溢れていて渋滞している。
 こりゃ良いやと思いながら足を進めると橋の真ん中あたりに赤い服を着て、赤いベレー帽を頭に載せた女性が青銅の手すりに寄りかかって立っているのが分かった。彼女は首を左右に振って、数少ない通行人の顔をさっと見やっている。
 目が合って彼女が笑みを浮かべた。
 やや化粧が濃く、俺の好みではないし、結構年増な感じはするが愛嬌のある顔だ。誰かを待っているのだろうか。それとも客引きでもしているのだろうか。
 橋の上で客を捕まえたとしても、木屋町も祇園も微妙な距離だ。橋の下でゴザでも敷く夜鷹であれば別だろうが、恋人たちの等間隔が広がる鴨川の河川敷では商売にならないだろう。それにすぐそこは交番だ。
 向こう側とこちら側の境目である橋の真ん中あたり、俺は彼女の前に差し掛かった。
「お兄さん、一杯ご馳走してよ」
 彼女の声は女性としては低い方かなという感じだ。やっぱり客引きか何かのようだ。こんな所で捕まるのは、余程の阿呆だろう。商売のセンスが皆無だ。俺はそれを無視して通り過ぎた。彼女から甘い匂いがした。

 温かいor冷たいで迷うも、サイズが大きい方が得な気がして冷たいペットボトルのほうじ茶を買った。普段であれば100円のプライベートブランドのものを選ぶが、200円を受け取っていたので147円の少し良さそうなものにした。しっかりポイントカードも差し出した。
 コンビニを出て早速ペットボトルの蓋を開け、ほうじ茶を口にした。ご馳走になったせいかいつもより美味しく感じた。
 お釣りは53円ある。これはちゃんと返した方が良いのだろうか。リーダーおじさんは、お釣りは返してねとは言っていなかったし、中途半端にお釣りを返すのも失礼な気がした。一方で、ネコババしたと思われるのも心外だ。もう50円ばかり足せば肉まんを購入できる金額。だったら、お茶と肉まんを手にした姿を見せて、『いただきます』と一言掛ければ、『あ、肉まんも購入したからお釣りないよね。むしろ足出させちゃったかもで、ごめん』と納得してくれる上に、印象も良くなるし、俺も小腹が満たされてハッピーとなる。
 これでいくことにした。
 店内に引き返し、肉まんケースを覗くとノーマル肉まんではなく『極』の一文字が付き、ノーマルより60円ほど高い肉まんが二つ残っていた。
 恥ずかしながら、俺は味が分かる方でない。それに、金も十分にないからノーマルを購入したい。でも仕方がない。ノーマルを自分で買ったと思って53円のお釣りを足せばトントンのようなものだ。自分を納得させ『極』を買って店を出た。袋代がもったいないので肉まんを包みごと受け取った。結構熱くて、紙の端を摘んで、ぷらぷらさせながら戻ることにした。

 橋へと差し掛かると、まだあの女性は立って首を振っているのが見えた。いつまでいるのだろう。

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