小説

『橋の上、真ん中あたり』室市雅則(『橋立小女郎』(京都府))

 先ほど無視をした手前、少し緊張しながら彼女の前を通過しようとした。
 一陣の風が吹いた。
 赤いベレー帽が彼女の頭からズレ落ち、思わず俺はそれをキャッチしようと『極』の肉まんをボーリングの玉のようにアンダースローで放り投げてしまった。俺は見事にベレー帽をキャッチ。入れ替わりに彼女が肉まんをキャッチ。
「あちい!」
 彼女ははっきりと男の声で叫んだ。
「すみません」
 俺は肉まんをお手玉にする彼女へ駆け寄った。
「熱いのすみません。これ」
 ベレー帽を彼女に差し出すと、彼女は肉まんを俺に差し出した。
「はい」
 彼女の声は女性っぽいものに戻っていた。こうやって聞くと作った声のように感じる。だが、どう見ても女性にしか見えない。彼女の鼻腔が少し広がったのが分かった。袋に入っていないから肉まんからは素敵な匂いが四方に放たれている。しかも『極』だからさらに素晴らしい。
「良かったら食べます?」
 彼女の目が輝いた。
「あ、俺、これ、紙越しにしか触ってないから綺麗ですし」
「大丈夫。それより一杯奢ってくれない?」
「仕事中なんで」
 俺は橋の東側へと顔を向けた。マンホールを囲う電飾が輝いている。
「つまんない。じゃあ頂戴」
 彼女が手を差し出したので、俺はそこに肉まんを置いた。
「あちい!」
 再び男の声で彼女は叫んだ。
「すみません」
 彼女は天を仰ぐように笑った。喉仏が上下しているのが分かった。
「嘘。お兄さん可愛い」
「仕事に戻らないと」
「そう。頑張ってね。ありがとう。頂きます」
 彼女はベレー帽と肉まんを自身の顔の横に掲げた。

 現場に戻り、リーダーにお茶のお礼を伝え、財布から53円を取り出した。
「お茶、ご馳走さまです。お釣りです」
「律儀なやつやな。次のお茶の足しにでもして」
「すみません。ありがとうございます」
 あぶねー。肉まんを失い200円フルで使った証拠も無くなり、ネコババしたと思われそうだから一か八かで返そうとして正解だった。
 もしリーダーがお釣りを受け取ったら、結局俺が肉まん分を全額支払った事になる金額だから悔しかった。

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