小説

『橋の上、真ん中あたり』室市雅則(『橋立小女郎』(京都府))

「ぶぉん、ぶぉん」
 効果音を口に出して、赤く光る誘導灯をライトセーバーに見立ててぶん回した。
 気分はジェダイ。
 現実は、これから紅葉を迎える季節に四条大橋の北東側で下水工事における歩行者の誘導を行なっている警備員。作業員たちがマンホールの中に入っている間、地上で囲いがあるとは言え、ぽっかり穴が開いていて危険だから安全を確保せよということで俺は会社より派遣された。
 作業員たちは、先ほど穴から出て来て、どこかに行ってしまって姿は見えないし、ちょうど歩行者もいなかったので、出雲阿国像だけが俺の寸劇を見ていた。歌舞伎の始祖である彼女は、今の俺の誘導灯の舞をどう寸評してくれるだろうと想像しているうちに、作業員たちが戻ってきた。
 夜勤は嫌いではない。人流が減るから、そこまで気を遣う必要がなくなる。しかし、酔っ払いや、車高の低さとウーハーの重低音が素敵な車の運転手の出現など、一つ一つが濃い時間となる。誰もお前の選曲なんか聞きたくないんじゃ。
 そんなことを心のうちに秘めながら、俺は「すんません。すんません」とトラブルを避けるために素敵な車の素敵な車高もびっくりの腰の低さで仕事をしている。本当に誘導灯がライトセーバーだったら車ごと真っ二つにしているけど。

 作業員のリーダーおじさんが戻って来て、「お兄さんも休憩して来なよ。しばらく、中に入らないからさ」と言って200円をくれた。100円玉を握ったおじさんの手は焦げたクリームパンみたいなゴツさだった。それにしても『も』ってことは、彼らは休憩をしていたのか。早く言って欲しかったがお茶代に免じて許す。
 交差点の向こうに見える南座のすぐ近くにコンビニがあることは知っていたが、そこのポイントカードは持っていない。何だかそれも勿体無いので、橋を渡って木屋町を少し北上したコンビニへと向かうことにした。
 木屋町は夜のメインストリートである。日付が変わり、終電も終わった時刻は少し前ならば、まだ宵の口だったが、今は控えめになっており、警備員制服姿で移動をしても「コスプレ割やってますよ!」などと揶揄ってくるキャッチに遭遇する煩わしさもないだろう。

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