小説

『私は寅子』淡島間(『寅子伝説(埼玉県蓮田市)』)

 伝説では「年頃になった寅子はたくさんの男性から求婚されました」の一言で済ませているが、実際に経験した身としてはたまったものではない。
 ロリコン地主に始まり、ボンボン侍、成金長者など、周辺の権力者たちは連日うちに押し寄せ、寅子を嫁によこせと両親を責めた。実の子でないことを指摘して、
「あれほど高貴な娘をこんなあばら屋に置いておくのは不憫。我が屋敷で養う方が寅子のためだ」
 などと卑劣なおためごかしに訴えることもあり、父母はどんなに泣かされたか知れない。
 噂は噂を呼び、あることないことが吹聴された。あのお大尽が惚れたとか、あの官吏も申し込んだという話に急き立てられて、私の姿を知らない者まで、ぜひ嫁にくれと加わる始末。
 要は、有名人が求婚したという箔に魅せられたに過ぎない。本当に私を好いているのではなくて、誰もが欲しがるものを自分一人が所有したいという物欲、支配欲に他ならない。
 つまるところ、わたしは嫁取りゲームの景品にされたのだ。他の男を出し抜いて勝つこと、それ自体に意味があるのであって、私自身への興味はどれほどのものであったのか、疑わしい。
 いや、私に興味津々の求婚者も多かった。具体的には、私の肉体への執着ということだけれど。
 そいつらは結局、若くて美しい女とか、黒くて豊かな髪だとか、いかにも細い柳腰だとか、そういう記号に欲情しているだけだ。外へ出れば粘っこい視線がつきまとい、とけた飴のように絡みついてくる。中には薄気味悪いにやけ顔で、しきりによだれをぬぐう僧侶もいた。
 素朴で静かな村にこんな男たちが集えば、治安が乱れるのは時間の問題だった。
 血気盛んな若者はささいなことでケンカをするし、横暴な金持ちは田畑を潰し、うちを見張る小屋を建てた。巻き添え 食った村の人たちは私をかばってくれたが、陰では理不尽なバッシングもあった。
「寅子さえいなければ、こんな災難はなかったはずなのに」と。
 私は次第に追い込まれていった。しかし村の人たちへの迷惑を考えれば、どんな目に遭っても、誰にも苦痛を訴えることはできなかった。
 せいぜい、たまにうちを訪れる行商のおみつさんに話を聞いてもらうくらいだ。彼女は山を越えた他国から来ている人で、よそ者であるだけに、安心して本心を打ちあけることができた。
 男たちに言い寄られた記憶は、何回もの小分けにされて思い出された。しつこく続く回想は、現代の私の実生活までむしばんでいった。
 私は第二、第四土曜日が近づくのが怖くて仕方なくなった。寅子だった頃の記憶が新たに増え、男に追い回される恐怖を追体験する度に、もうこれ以上思い出したくないという拒絶は強くなる。
 これはもはや求婚という名を借りた暴力だ。
 俺との結婚を承諾しなければ殺すと迫る、これのどこに愛があるのだろう? お前だけでなく両親もただではおかないと脅す、これのどこに好意を感じればいいのだろう?

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