「いい?絶対にドアを開けちゃだめだからね。もし開けたら・・・」
「オオカミさんに、食べられちゃうからね。」
そう言ってママは部屋を出て行った。カツカツとママの靴の音が響いて、ドアが閉まると再び部屋の中は暗闇に包まれる。暗闇とオオカミさんにおびえていれば、いっちゃんが僕を手招きしてくれた。
「なな、こっちおいで。ほら、明るいよ。」
いっちゃんの方に近づけば、そこにはごろう兄ちゃん達もいた。窓から入ってくる月の光が眩しくて、本当だ。さっきよりも怖くない。そう思ったとたんに玄関のチャイムが鳴って思わず体が震えた。
「みんな!シー、だよ。」
いっちゃんが皆に小声で注意する。僕も頷いて自分の口をふさいだ。夜には悪いオオカミさんが来て、もしドアを開ければみんな食べられてしまう。ママは繰り返しそう言い聞かせていた。絵本で見るオオカミさんは顔もこわいし、僕くらいの小さな子なら丸呑みしてしまう。そんなのいやだ。膝を抱えて静かにしているけれど、チャイムの音は中々鳴りやまない。
「坂本さーん。いらっしゃいませんかー。」
ドンドン、とオオカミさんがドアを何回も叩く。そのうち他の人の話し声とゴソゴソとなにかを漁る音も聞こえる。怖くなっていっちゃんの手を握れば、いっちゃんは「大丈夫だよ」と握り返してくれる。その手はすっごく冷たくて、顔は真っ青だった。
ガチャ、鍵が開く音がした。同時に隠れて!といっちゃんの必死な声がして、僕は急いでついていないコタツの中に隠れた。オオカミが家に入ってきた。どうしよう。心臓はドキドキで体も勝手に震えてしまう。怖い、怖いよ。ママ、助けて。
ドタドタと家の中に入ってきた足音は一人分じゃなくて、オオカミさんが仲間を連れてきたんだと涙が出そうになる。でも泣くといつもママに怒られてしまうから必死で我慢した。ごろう兄ちゃんの泣き声が聞こえる。どうしよう、お兄ちゃんが捕まってしまった。助けに行きたいけど怖くて体が動かない。よーちゃんの声もする。ああもうどうすればいいんだろう。オオカミさんの足音が徐々に僕の方にも近づいてくるのが分かった。必死で自分の口をまた押えるけど、その足音は遠ざからない。そのうち、ピタ、と足音が止まった。同時に僕の心臓も止まった。一気に視界が明るくなって、ああ僕食べられちゃうんだ、どのくらい痛いんだろう、なんて思った。けれどぎゅっと目をつぶっていても中々痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開ければ、オオカミさんは僕の手を優しく引っ張って、ぎゅっと抱きしめた。
1/3