小説

『白蛇の母』宮沢早紀(『井の頭 白蛇伝説(東京都三鷹市)』)

 十月十七日
 今日は一日、あなたの写真を見て過ごしました。生まれた時から、去年の年賀状用に撮った家族写真まで。一日かけて見ていました。
 生まれてすぐの赤ん坊は大抵、顔がしわしわでお猿さんのようですが、あなたは違いました。生まれた瞬間からかわいらしく、そのまま美しい娘に育ちました。親馬鹿だと思うかもしれませんが、助産師さんたちも皆、生まれた瞬間のあなたのかわいさに驚いていたので、あなたの美しさはやっぱり特別なものだったのだと思います。
 亡くなったわけではないから仏壇を置くのは何か違う気がして、でも、毎日声をかける場所がほしいので、あなたが一番よく写っている写真を写真立てに入れてサイドボードの上に飾ってみました。お花屋さんで買ったコスモスも一緒に。結実、私の宝物。

 十月二十一日
 お父さんは今日も朝から晩まで池の前でぼうっと佇んでいました。
 暗くなる前に帰ってきてちょうだいと言ったら、結実がいなくなったのに君はどうしてそんなに平然としていられるのか? と言われてしまいました。何もできない日々があって、やっとご飯を食べたり、お風呂に入ったりできるようになったことはお父さんも知っているはずなのに……むなしくなって言い返す気にもなりませんでした。
 やっと回りだしたエンジンを止めてしまったら、もう一度かけなおすことはきっとできないから止まらないようにしているのです。
 動くのをやめてしまったら、もう一度悲しみがあふれ出してきてどうにかなってしまいそうです。悲しくて悲しくて悔しくて、この気持ちをどこへぶつけたらいいのでしょう。

 十月二十五日
 今日は高校からの親友のアキちゃんが私のことを心配して家に来てくれました。あなたがいなくなったこと、事情が事情なのであまりたくさんの人には言っていなかったのですが、三十年来の友達のアキちゃんには伝えていました。
 アキちゃんは少し悩んでからサイドボードに飾ったあなたの写真に「元気に過ごしてる? お母さんが悲しんでいるから、たまには姿を見せてあげてね」って話しかけていました。ヒメヒゴタイとワレモコウのかわいらしいブーケも持ってきてくれました。
 アキちゃんはさすがで、あんまり暗いムードにならないように楽しい話をいっぱいしてくれました。職場での失敗談とか、今回のことも親戚が多いと大騒ぎで大変なことになっていたかもしれないって言っていて、確かにそうだと思いました。ジジババがいたら大変だったと思います。かわいい孫が突然、蛇になって家から出て行きましたなんて……どう説明すればいいのでしょうかね。

 十月二十七日
 ワレモコウの花言葉を調べてみたら「変化」とありました。あなたが元の世界へ行ってしまった悲しみを乗りこえて、私も少しずつ変わっていかないといけないのかもしれません。この日記も始めてからもうすぐ一ヵ月。
 アキちゃんが花言葉を意識してブーケを選んだのかはわかりませんが、親友からのエールと受け止めたいと思います。

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