小説

『白蛇の母』宮沢早紀(『井の頭 白蛇伝説(東京都三鷹市)』)

 十一月三日
 お昼過ぎにテレビでも見ようと思ってつけてみたら、戦争に関する番組がやっていました。どうやら夏に放映したものの再放送だったようです。
 ある日突然、赤紙が届いて愛する息子を連れていかれてしまう母親の気持ちが分かったような気がしました。当時に比べたら、今は随分と平和な世の中ですが。
 どうにも抗うことのできない大きな力で子どもを奪われてしまったのは、私も、息子を送りだした母親も同じだと思います。

 十一月四日
 今日は夫婦で話をしました。お父さんなりに反省したようで、この間の件について謝ってきました。私も大人げない部分があったことを詫びました。二人で支え合って生きていかないといけないのに、これではいけないですね。
 お父さんは白蛇になったあなたが池に飛び込んでいったきり姿を見せないので、とても心配しています。池の主、神様というのは人目につかないところにいるものなのでしょうか? 元気ならいいのですが……ちょっとでいいので姿を見たいです。

 十一月七日
 市役所の方に「遺族の会」というものがあると教えてもらいました。子どもが前ぶれもなく人間ではない生き物に姿を変え、いなくなってしまった人たちの集まりだそうです。あまり知られていないだけで、私たちと同じ状況にある人は意外といるようです。
見ず知らずの人と交流するのはあまり得意ではないですが、せっかく教えてもらったので勇気を出して行ってみようかと思います。

 十一月十日
 今日は例の集まりに一人で行ってきました。息子さんが蛙になってしまった仲田さん、お嬢さんが田螺になってしまった斎藤さん、会のリーダー的存在の内田さんは八年前に二番目のお嬢さんが蜘蛛になっていなくなってしまったそうです。
 初参加の私に皆さん親切にしてくれましたが、いざ子どもの話になると、悲しみを分かち合うというよりも誰が一番悲しいかを競うように自分の話をしていました。みんな、心の奥底では自分が一番つらいのだと思っているのでしょう。人それぞれ形の異なる悲しみにみんなで向き合うのは、なかなか難しいものですね。

 十一月十四日
 今日は姉さんが買ってきてくれたフルーツサンドを池の前のベンチで食べました。よく晴れていて池の中がよく見えましたが、あなたのことは見つけられませんでした。
 姉さんとはあなたの思い出話をしました。お父さんの出張中に姉さんと私とあなた、女三人でテーマパークへ行ったこと、あなたの誕生日におもちゃ屋さんへ行き、その場でプレゼントを買ってあげていたこと……独身で子どものいない姉さんは、あなたのことがかわいくて仕方がなかったみたいです。
 姉さんとはもともと仲が悪かったわけではないけれど、あなたが産まれたことでまめに連絡を取るようになりました。結実、あなたのおかげですね。
 あなたの無事を弁天様でお祈りして帰りました。

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