小説

『終わる時、新しい時』いいじま修次(『姥捨て山』)

 冬の夜――基準老齢者の輸送用に使われている古い大型タンカーが、海を進んでいる。
 大きく揺れる波を感じながら、酷い油臭が漂う巨大なタンク内で、粗末な毛布を掛けた老齢者達が、鉄の硬さと冷たさに耐えながら雑魚寝をしている。

「あんたは……議員だよね……?」と、生気の無い顔をした基準老齢者の男が言った。
 何とか眠りに就く事が出来かけていた彼女は、小さく息をつき、睨むような視線を男に向けた。
「人違いです」
「そうかい……? ほら、何て言ったかな……配分領土の事で結構有名な議員で……」
「他の方の迷惑になりますから、喋るのは止めましょう。私も眠りますので……」
「その為に向かっている最期の旅だ……急いで眠る事はないだろう……」

 彼女は、男に悪い気持ちはあったが、言葉を返さずに背を向けて目を閉じた。今はとにかく眠りたかった。

 男の言葉通り、彼女は先日まで議員職を勤めていたが、身に覚えの無い贈収賄疑惑をかけられ、辞職に追い込まれた。
 基準老齢を迎えていた彼女は、刑事罰には問われなかったので絞首刑は免れたが、全ての財産を没収され、配分領土へ送られる事になったのである。

 彼女は、政策実行に猛反対をしていた。
 人が人を切り捨てる事は、どの様な理由があっても決して許される行いではないと主張し続けていたが、彼女にはどうする事も出来なかった。
 声を出すだけでは何も解決しない。とにかく力を持つ事が肝心と意思を固め、反対派から推進派へと身の置き所を変えた。

 世間や議員の反対派からは非難を浴び、身の危険も感じる日々になったが、屈する事無く行動を続けた。
 力を持てば、上に行けば――改案に時間は掛かるとしても、まずは何かしらの理由を付けて配分領土の環境を変えていく事が出来る。基準老齢者達に、生きようとする力を失ってほしくない。

 彼女はその思いを持ち続け、汚れる事も厭わずに戦いを十年間続け、基準老齢者、配分領土を担当する組織の主要議員となったが、その直後に辞職へ追い込まれた。
 世間から受ける非難等の矢面として初めから利用され、潮時になり切り捨てられた――彼女はそう考えたが、それならば何故自分を配分領土に送るのかが理解出来なかった。
 刑事罰に繋げなければ、基準老齢者達に働きかけ、余計な動きをするとは考えなかったのだろうか。
 彼女は現地に到着したら、生きようとする力を配分領土の人間達に精一杯広め、
動き続けたいと心に決めていた。

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