小説

『終わる時、新しい時』いいじま修次(『姥捨て山』)

 僅かな光点――青白い小さなランプの光は、彼女の左胸のすぐ上にあった。それは、彼女の心臓が動いている事を示すような働きを感じさせる。
 揺らめく意識の中、彼女は、自分が仰向けで横になっている事を理解した。
 棺の中だろうか――白いクッションに囲まれた、細長い空間。彼女はまた意識を失っていく中で、右手の指先に触れている封筒のような物に気付き、それを掴もうとしたが、叶わぬまま眠りに就いた。

 彼女の入っているその金属性カプセルを間に挟み、二人の男が立っている。
「彼女は素晴らしい方ですね。試すような事をして申し訳無かったですが、私の好きな『あなたの国』の強さと優しさを、しっかり持っておられる……」と、外国の科学者が言った。
「ありがとうございます……」と、彼女と同じ国籍の学者は答えた。

 戦争により、生存者がいなくなったと認識されていたこの地には、地下室等へ潜み、僅かに生き残っている人間達がいた。
 だが、特殊兵器汚染で体を蝕まれ、十年後の現在、生き残っているのは、この地下室でカプセルを造った科学者ただ一人だった。

 学者は、国の有力者であり、まだ若くして財も成している。
 自身の船で密かに国と配分領土を行き来しながら、彼女同様に政策を憂いていた。

 国は、既に生きようとする力を失っている――
 自国の誇り、自国の力で生き抜く術を放棄している――

 戦争を仕掛けられるか、自らが巨大化させた汚染の固まりに遭遇するか――
 どちらが先に来るかの問題だけで、確実に「終わる時」は迫っていると学者は確信していた。

 学者は、快く承知してくれた科学者と共に、国の血を絶やさぬ為の行動を始めた。
「終わる時」が来る前に、ここに出来るだけ多くの人間を亡命させ、国の血を継ぎ、「新しい時」をつくりたいと考えた。
 それに相応しいのは、政策実行後に誕生した生命であると結論を出した。

 十年後、その生命達が二十歳になった時、彼女は歳を取らずにカプセルから目覚める――そして、この内容を手紙で知った彼女に、指導者になってほしいと学者は考えていた。

 その考え通りに進められるのか、そしてそれが正しい事かどうかも分からないが、「終わる時」は迫っている――

 自分は十年後に彼女に会う事は叶わず、何らかの力により命を落とす確率の方が大きいだろう――

 だが、確率を考えて足を止めてしまうより、全てに於いて行動を選ぶべきだ。それが自分の国に根差している心だと、学者は信じている。

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