小説

『ベッドの上の攻防』のらすけ(『ヤマタノオロチ』)

 これもまた、至福の時間。
 静かな部屋で娘の寝息を耳にしながら、漫画を1ページずつ読み進めていった。
 3冊目を読み終えた頃、もぞもぞと動く気配を感じた。
 4冊目が俺を呼んでいる。だが、愛する漫画たちを泣く泣く振り切り、娘の様子を見に行く。
 祈るような想いでベッドの中を覗き込む。真ん丸の目がこちらを凝視する。が、すぐに視線を外して手足をばたつかせる。
 時計を見た。
 妻が家を出てから、約1時間半。予定ではあと30分。
 楽勝だ……
 気配を殺しつつ、娘のおむつを確認。
 大丈夫だ。
 抱っこする?
 いや、まだだ。機嫌がよい時に無駄にスキンシップを取る必要はない。慌てて行動をすることが必ずしも良いとは言えない。冷静に判断し行動を行うのが鉄則。無理をして機嫌をそこなう恐れもある。それは避けたい。
 気配を殺しながら、ベッドから離れる。が、足が積み上げた漫画に当たり、ガサっという音が響いた。
 これが地雷だった。こんな些細なことが。
 娘が、グスッ、グスッと言い始める。
 怪獣が起き始める。
 来る……来る……
 俺は慌てて、ベッドを覗く。が、目が潤み、口がへの字になっている。
 止められない。
 備えろ。
 「んんんぎゃあぁぁぁぁぁ」
 鼓膜が震える。
 部屋の窓ガラスが震える。
 いや、大地が震える。
 怪獣の咆哮が響き渡る。
 だが、俺は冷静だ。何事にマニュアルというものがある。臨機応変に対応できるよう自分の中で経験、事例も積み上げている。
 ビジネスマンは、相手のことを理解し、想像することで最善策を打つことが出来る。このマーケティングともいえる思考と、マニュアルを組み合わせて、冷静に対処するのが大人である。
 一般的な赤ちゃんの場合、泣くのは何らあの不満があるときである。お腹がすいている。おむつが気持ち悪い。体勢が悪い。寂しいなど。
 おむつは先ほど見たのでおそらく大丈夫。
 じゃあ、正攻法でこの怪獣に対処をする。
 抱き上げる。「よしよしよし」と父はここにいるぞというアピールと共に、作り笑顔で顔を覗き込む。
 涙を流しながら、手足をバタバタさせる。

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