小説

『ベッドの上の攻防』のらすけ(『ヤマタノオロチ』)

 だが、負けるわけにはいかない。俺はビジネスマンでありながら、この怪獣の対処を任されたヒーローなのだ。ヒロインからは不安の目と言葉しか頂いていないが。
 無理に押さえつけることは出来ない。怪獣の数多の反撃や咆哮に耐えながら「よしよしよし」という優しい声掛けをし、ゆっくりと揺らしながら、部屋の中を歩き回る。
 猛攻が止まらない。
 どこからか声が聞こえて来る。
 「もうだめだ。このままでは自体が悪化する。次の策を」
 その声を振り払う。
 俺は、まだ負けていない。
 俺は、まだ戦える。
 それから、10分くらい怪獣とつばぜり合いをするが如く。だが、時間だけがむなしく経過していくばかりであった。
 「よーし」と自分を慰めるように声をかけ、娘をベッドの上に再度寝かす。
 ヒーローは、どんな窮地でも立ち上がった。何度倒れようとも、自分を奮い立たせて立ち上がった。自分だけの力で勝てないのであれば、策を講じてその窮地を打開した。昔読んだ神話の中でも、自分よりも強大な相手にも屈せず戦うその物語に胸をうたれたものである。
 安心感は求められていない。いや、安心感がないのか。
 いや、そんなことはない。と首を横に振る。
 次だ。
 時計を見る。帰ってくるまでは15分余り。前回のミルクの時間から考えると……
 お腹がすいたのか?
 キッチンに向かい、哺乳瓶手に粉ミルクを淹れる。電気ポットの中にぬるめの湯が……あ。
 湯の温度が高い。コーヒー用に設定温度を上げて、そのままであった。
 とりあえず、熱いお湯で粉ミルクを溶かした。
 哺乳瓶を触るが、大人でも口内の皮がむけるレベルだ。
 ボウルに水を溜め、哺乳瓶ごとつけて、冷えるのを待つ。
 その間、怪獣の咆哮は激化していく。耳も麻痺し始めている。
 ベッドの所へ戻る。
 横になっている。でかく見える。威圧感が半端ない。
 だが、俺にはまだ対処方法は何パターンも準備をしている。
 相手が50を過ぎたオッサンなら、酒を飲ませばご機嫌になるという接待という手法も知っているのだが、この怪獣にとってのお酒であるミルクに手間取っている今、パターン2へ移行していくしかない。
 あらかじめベッドの足元に置いている子供のおもちゃ。昔でいうガラガラ。手に持たせて振ると音が鳴るおもちゃ。しかも、口に入れてもいい抗菌タイプ。
 「はい、どうぞ」
 怪獣の手に持たせる。咆哮を上げながら、それを振る。音が鳴……いや、その咆哮で音がかき消される。振るその手から、おもちゃが離れる。
 それを瞬時に拾いあげ、再度持たせる。
 振った勢いで、今度は自分の顔に強打。火に油を注ぐことに。
 抗菌タイプ。抗菌の意味もなく、お役御免となった。

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