小説

『ベッドの上の攻防』のらすけ(『ヤマタノオロチ』)

 「いえいえ、そう言わずにもう一杯」という気分。飲ませたら勝ち。
 そのまま、怪獣を抱き上げて、時計を見る。目を覚ましてから25
分経っている。
 おそらく、飲み干すまでに10分近くかかるはずである。そうこうしているうちに、妻が帰宅する時間になるはずである。
 順調に飲み始めている。その様子を見て確信した。
 抱き上げたまま、ミルクを飲ます姿勢は結構大変。なので、出来るだけ気づかれないように、そっと椅子に腰を下ろした。楽な体勢になるように。
 その瞬間、怪獣の口元が止まる。目がカッと開く。
 俺は、怪獣と目があった。俺を射抜くような視線。
 怪獣は、哺乳瓶を手で払った。
 まずい食事を出され、テーブルごとひっくり返すグルメ王の如く、哺乳瓶を拒否する。口に入れようとしても、舌で押し返し、抵抗をする。
 そして、口をへの字にしたかと思うと、怪獣は咆哮をあげた。
 時計を見る。ミルクを飲ませ始めてから、5分も経っていない。
 再度、哺乳瓶を近づける。が、それを強固に拒む怪獣の手。さらに、俺のお腹にあたっている足は、体を貫こうとしている意思を感じるほど力がこもっていた。
 ミルクの応酬。だが、それを受け付けることはなかった。それどころか、口に含まれていたミルクを吐き出した。
 唾を吐きかけられた気分だ。
 俺は焦った。このままでは、手が付けられなくなる。
 椅子から立ち上がり、ベッドからおもちゃを取り怪獣に渡す。が、「鬼に金棒」とばかりに、そのおもちゃで俺を殴る、殴る。飽きれば、投げ捨てる。
 今度は人形を渡す。が見向きもしない。
 ベッドに寝かし、メリーを見せようとする。メリーから流れる音量を上げる。まるで、ヤンキーの車の爆音状態。
 が、目をつぶって咆哮を上げる。見ちゃいない。聞いちゃいない。
 再度、人形を渡す。哺乳瓶を近づける。
 どれも、断固拒否。
 万事休す。
 すべての策を使い切った。
 これまで……か。

 その時、玄関が開くを音。
 「だだいま」
 妻が帰ってきた。
 怪獣の咆哮を聞くなり、荷物をすぐにおろして、ひょいと抱き上げて部屋の奥へ。
 母乳を与え始めると、その咆哮は静まった。
 やはり、本物の酒……じゃあなくて、本物のミルクでないといけないのか。

 怪獣が去った戦地。その敗戦処理とばかりに、ちらかしたおもちゃや布団を片付ける。それが終わった頃に、寝静まった怪獣と一緒に妻が戻ってきた。
 そのまま、娘をベッドの上にそっと置いた。
 ベッドの上の娘の寝顔。時々、緩むその表情。
 それは、戦いの後の戦果。夫婦にとって、何物にも代えられない至高の宝であった。

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