そんなことを話しているうちに、儀仗兵に守られて森有礼の棺がやってきた。
目の前を通っていくときには、さすがの広田も少し厳かな気持ちで見送った。そのあとに、死んだときは大層痛かったのだろうなどという、余計な思いが頭を過ぎった。それとも、いきなり刺されたのだということだから、痛みよりも驚きが大きかっただろうか。もしかしたら、何も思う前に意識がなくなったかもしれない。
会葬者の列が続くと、広田は飽き飽きし始めた。気候が暖かであれば、目を閉じてしまっていたことだろう。しかし白い息が出るほどに冷たい空気に包まれている中で、眠気に襲われるということはなかった。それどころか、靴下の中まで冷え込んでしまって、足の先が痛い。
そんな中で、ふと、何台も通っている俥の中の一台を目にした。
そこに乗っていた少女に、広田は一瞬で目を奪われていた。
十二、三の少女だった。朝野の貴顕か、外国高官なんかの娘だろうか。色は白く、体は折れてしまいそうに華奢で、顔の黒子が妙に印象的だった。
少女は、すい、とこちらに視線を向けた。
そのとき広田は、確かに目が合ったと感じた。
彼女は視線をそらすことはなかった。かわりに、にこりともしなかった。
ただ妙に大人びていたその顔は、学生の広田の心に焼き付けられることとなった。
本を読み、論文など書いてみる。
気分の乗らないときは、縁側に座り煙草の煙を吐きながら、ぼんやりと庭を眺めるのが常だ。
なぜ結婚しないんだ。一人で寂しくはないのか。
三十歳ともなるとそんなことばかり言われ、少々うんざりし始めていた。結婚などしたとこで仕方がない。信用のおけないことを無理にしたところで、しょうがないじゃないか。
周りから言われるたびに、広田は心の中でそう反芻していた。
そうして過ごしていたある日、親しかった友人が亡くなった。
春から夏への、季節の変わり目だった。
広田と同じ年であった彼も、結婚してはいなかった。ただその理由は、広田とは異なるものだった。
僕が結婚したら、弟と妹はどうなる。世話をする者が誰もいなくなるじゃあないか。
彼は三人兄妹の長男で、両親を亡くしていた。弟と妹を残していくなどできないと、そう言っては縁談を断っていた。
彼を亡くしたことで、広田はますますぼんやりと過ごす日々を増やしていた。
そんな日々の中で気になったのは、結局残されたこととなった彼の弟と妹のことだった。
あれほどまでに彼が気にしていた二人は、どうしているのだろうか。
そう思いながらも、すぐに連絡を取るという行動までには、どうしても結び付けられなかった。
そんなとき、一通の手紙が届いた。
葬儀から四日ほど経った日のことだった。
差出人は、里見恭助とあった。友人の弟の名だった。
内容は簡潔なもので、他人の貴方にこのようなことを頼むのは申し訳ないのだが、自分が大学へ通っている間、妹の美禰子を預かっていただきたい。そういったものだった。