小説

『新しい生活』榎木おじぞう(『小人のくつや』『セロ弾きのゴーシュ』)

 社員も少ない会社だったので、電話取りとか書類整理だとかの雑用半分、デザインの見習い半分くらいの仕事をしていた。同じく雑用を言いつけられた同僚と、コピー取りに入ったんじゃないよねと愚痴りながらも、仕事がいやなわけではなかった。給湯室でのおしゃべり、休日に旅行に行った人のお土産で話に花が咲き、たまには上司の悪口を言ったり、今日何を食べに行くかで悩んだり、そんなとりとめのない日常だったが、今はもう遠くなった。地元での就職を勧める親の意見を振り切ってまで来た道だ。デザインに集中できるようになって恵まれているはずなのに、望んでいた人生なのに、あの会社にいた日々を思い出すと涙があふれてきた。

 夕方になって部屋に帰ってくると、薄暗い中モニターがついていて、今作業しているデザインが映し出されていてその前で二人の小人が何か言い合っている。オレンジを基調にした作品だったので、彼らが夕焼けの中で話しているように見える。どうやら出来について検討しているようだ。USBにコピーがあるから、心配はないし、最近では彼らに消されないものを作っている自信があった。彼らがどんなことを言っているのかを聞きたくて、そっと近づいて行った。彼らの言葉は早回ししているように高い音で何を言っているかわからないのだが、ひとりは評価し、もうひとりはどうにかするべきだと言っているようだった。夢中で話し合っていて私が机に座っても気が付かない。
 しばらく彼らの話す姿をみていたが、今日は感情が高ぶっていたせいだろうか、人恋しくなったのかもしれない、そっと手を伸ばし、作品を批判している方の小人を捕まえた。
 不意をつかれた小人は、高い声で叫び、必死に手の中から逃れようとする。私はとっさにガラスの瓶に小人を入れた。机の上において、どうだ、と覗き込むと、小人は目を血走らせ瓶から逃れようとガラスに体当たりしており、額からは血がでている。そんな反応をすると思っていなかった。笑ってすませられるいたずらのつもりだった。あわてて瓶に手を伸ばすが、一瞬遅く瓶は小人の体当たりで倒れ、机の上から床へと転がり落ちた。幸い割れなかったものの、中の小人はぐったりしている。瓶を傾けて床に出すとどこかで見ていた仲間の小人たちが駆け寄り、手を引いて連れ去って行った。振り返って私を見たその目はおびえているようだった。

 「うん、いいよ。とてもいい。」オレンジ色の作品が画面に広がり、その隅に小さな枠に納まった上司が言った。小さいけれど小人ではない。褒められているのはあの小人が批評してくれた作品だ。視線を感じることも無くなった中で、あの小人が何を言いたかったかを考えながら手直しもした。
 「うん、すごくいいよ。今回の仕事もいいけど、最近ホントによくなったなあ。前はさ、悪くはなかったんだけど細かいところにこだわりすぎっていうか、小さくまとまりすぎっていうか、何か面白味がなかったんだけど、最近は大胆なところもあり、それに仕事が早くてクライアントにもすごく評判がいいんだよ。君のデザイナーとしての力量を低く見積もっていたかなあ。もううちの看板デザイナーだよ。」
 まだ続く誉め言葉をぼんやり聞きながら、小人たちにも聞こえているだろうかと思った。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。モニターはまだオレンジ色をしている。薄目を開けるとぼんやりした視界に小人がひとり、画面を見ている背中が見えた。小人にしても小さくて、きっと子供だろう。私が身じろぎするのが分かったのだろう、横から大人の小人が飛び出してきて子供の腕を引っ張って行った。連れ去られつと気に子供が一瞬こちらを向いて笑ったように思えた。私はもう一度目を閉じて、いつか小人たちに謝って、仲良くできる夢を見た。

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