小説

『梅の花の絵』中杉誠志(『梅若七兵衛』)

 そこでおれは、悪いとは思ったが、質屋に出すことにした。うまくいきゃ残った借金が完済できるかもしれないし、でなくても返済の足しにはなる。ネットで調べりゃ、作者なんて一発でわかる。一発でわからないようなら、たいした代物じゃないか、逆によほどのお宝ってことだ。むろん、真贋まではわからないが、画像検索の結果によると、この絵はその道では有名な人が描いたものらしい。絵画なんて、一枚の絵に百万も二百万も値がつくのが普通で、物によってはウン千万だの億だのという金で取引されるような世界なんだから、その道では有名な人だってどのくらいが相場なのかわかりゃしない。ともかく店に持っていくまでだ。
 本当なら東京の質屋に持っていこうと思ったが、そんなにでかい絵を抱えて東京まで行けるもんじゃない。荷物にして送ろうにも余計な金がかかる。幸か不幸か、実家から一駅のところに質屋があったから、親父に車を借りてそこに持っていって見てもらった。
「うーん……この人の絵は珍しいねえ……」
 と質屋の親父はおれがネットで調べた情報を明かすと、うなった。質屋の親父なんて、ある種の目利きがなるもんなんだろうが、金を出す側だからこっちの足元みようとしているに決まってる。でも、おれだってタダでもらったもんだから、一円にでもなればいい。ここまで来るのに使ったガソリン代だって親父の財布から出たもんだから、交通費だって考えなくていい。
 まあさすがに一円ってことはないだろうと思ってたが、
「五十四万かな」
 と金額を提示されて、おれはもう発狂寸前で、その場で金をふんだくるようにして絵を置いて店を出た。持っていても邪魔にしかならなかった絵が、なんということでしょう。五十四万円になりました。匠の技だな。こりゃすげえや。
 早速東京に帰って、気づくと三十万だかになってた借金を一括で帰し、残った二十四万があれば次の働き口が見つかるまではとりあえず安泰ということで四万円をデリヘルに使い、その月の終わりには家賃などを引かれて十四万になり、やべえさすがにきつすぎると思って、十万を引っ越し資金にして東京を去った。本当なら実家に住むのが筋だろうと思っていたが、伯父さんの家が祖父の名義になってて、空き家にしとくと固定資産税が余計にかかるとかで、「どうせならそこに住め家賃はいらないから」といわれてふたつ返事で了解する。ていよく追っ払われただけだろう。
 それから、残った四万円を元手になにかできるわけもなく、親父の知り合いのつてを頼ってゴミ収集車の運転助手っていうのか、作業助手っていうのか、ようするにゴミのにおいやホコリや雑菌にはいやでもまみれることになるが一日あたりの作業時間は六時間以下で少ないし、そのわりに時給千円くれるという、田舎にしてはまあまあいい仕事に巡りあったおかげで、金はどんどん貯まる。実家近辺には裏スロもカジノもないし、パチンコ屋ですら車で十五分の距離にしかない。風俗だって東京に比べて質が悪いのは当たり前だろうから金を落とす気にもなれないということで、おれは全然金を使わなくなった。暇を持てあまして、家に残っていた伯父の遺品を整理しながら、伯父さんが集めてた本なんかを読んで時間を潰す。優雅な時間が流れる。

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