小説

『天国か地獄か、どっちもいやだ』平大典(『閻羅』)

 いかん、酒の飲みすぎだ。気を付けないと。
 机の上には、大量の書物とパソコンのデスクトップ、手のひらに収まるサイズの木槌がある。
 そして、机の前には、人々の行列があった。
 老若男女を問わず、全員がうつむき、闇のかなたまで延々と続いている。注視すると、彼らの身体はなんだか透き通って見える。
 なんじゃこりゃ。やはり飲み過ぎて幻覚を見ているのだ。もしくは、酒に変なまぜもんでも混入されていたのか。
「実はあなた、半分魂が抜けかけています」気づくと先刻の老人が傍らに立っている。「現世で深酒をしたせいで、側溝に落ちて意識を失ってしまいました。で、今は病院のベッドの上です」
「は?」
 側溝に落ちるなんてのはあほらしいが、まあ泥酔していればあり得ない話でもない。
「一種の臨死体験ですね。……まあ、もうすぐ、時間にして一週間ほどであなたの魂は現世に戻るのですが、それまでここでインターンをしてもらいます」
「インターンって研修のことかな?」
「左様でございます」老人は腕を組む。
「ふうん。で、なにを」
「『閻魔大王』にお試し採用しますので、現世からやってくる魂を裁いてください」
 僕は行列へ目を向ける。「えっと、じゃあ、この人たちは?」
「死んだ魂です」老人は疲れた様子で目頭を押さえる。「お恥ずかしい話ですが、人類の増加とともに死ぬ魂の数も増加してしまいまして。魂を天国か地獄へ送る役目の閻魔大王も増員しているのですが、なかなか。ノイローゼになる方もたくさんいてですね。……そこで、臨死体験中の方を対象に、本事業をお試しでやってもらっているキャンペーン中なのですよ」
「試すってのは、この魂たちを裁くってことですか?」
老人が手を叩く。「ご名答。パソコンの画面にその人の生前プロフィールが載っていますので、行き先を決めたら、木槌を打ちながら、天国か地獄かを伝えてください。判断は、お任せしますので」
「いや、なんかな」僕はとりあえず画面へ目を向ける。
 老人は迷う暇さえ与えない。
「さっさとはじめてください。こうしている間にも迷える魂がどんどん増えておりますので」

 最初の魂は、アラン・パーカーという老人だった。
 法壇の前には、気弱ような老人の魂が漂っている。

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