「騙したみたいで申し訳ないけど。益男くんの様子が心配なんだってば」
幼い頃から蓮沼と一緒にいることが多かったため、鵜飼は蓮沼の両親とも顔見知りだ。事前に話をつけていたらしく、蓮沼が待合室で待っている間にも、両親から「親にも、アユ子ちゃんにも心配ばっかりかけてないで、おとなしく入院しなさい」と、半分説教じみた連絡をよこしてきた。
「……心配するのは勝手だけど、俺は俺で好きにやるって、何回も言ってんのに」
蓮沼は「なんだか面倒なことになっちまったな」と、どこか他人事のようにため息をついた。待合室でぼんやりと待っている間に、さっき医師が話していたことをちらりと思い出す。
「……俺の腹ん中に、水が溜まってるって言ってたな?」蓮沼は不自然にぽこんと出た腹を右手で軽く摩ってみる。
その時、蓮沼の脳裏にはある考えがよぎって腹をさする右手が止まる。
「水が溜まっているところには、魚が住んでんじゃねえか?」雨上がりの水たまりのように一時的にできる水溜りには魚はいない。けれど、ちょっとしたため池くらいならあっという間に魚は住み着く。さっきの医師の話だと、もうずいぶん前から蓮沼の腹の中には水が溜まっているらしい。手元にはちょうど釣り道具が一式揃っている。
「その溜まった水辺で、釣りでもしてやろうじゃねえか」
自分の身体のことは、自分が一番わかっているつもりだ。俺は俺の時間を有効に使いたいんだ。……あゆ子や両親を泣かせちまうのは申し訳ないが。
蓮沼は水が溜まっている場所まで、歩いて行くことにした。もちろん、釣り道具を一式持って。辺りは薄暗く、ぬかるんだ細い道を慎重に進んでいく。釣り道具の中にヘッドライトが入っていたので、最低限の視界は死守できそうだ。奇妙な動物の声のような、グルルルという音が響き、蓮沼の鼓膜を震わせている。聞いたことのない音に蓮沼は少し気味悪く感じながら、「ぬかるみの先には水があるに違いない」という予感もあった。足元に気を取られながら、そろりそろりと歩みを進めて行くと、少し開けた場所にたどり着いた。薄暗いことに変わりはないが、どうやら水辺にたどり着いたようだ。しんと静まり黒々とした水面が広がっている。水深はどのくらいか、そもそも魚が住んでいるのかも分からない。けれど、この奇妙な状況に対して蓮沼は楽しさがこみ上げてもいた。「こうして釣りができるんなら、腹の中に水が溜まっても悪いこたぁねえ。見たことのない魚を釣り上げられるなら、本望じゃねえか」
ヘッドライトで手先を照らし、釣り竿のセットをする。まずはどのくらいの水深があるか、適当に探ってみることにする。雰囲気的には数年前に行った釣り場に似ているし、意外と大物が住み着いているかもしれない。
さっと竿を振り、針先を水面につける。水の底に針が沈むまでに思いのほか時間がかかった。「やっぱり、結構な水深がありそうだな」蓮沼はぺろっと唇を舐め、はやる気持ちを抑えきれずにいた。