小説

『瓶に閉じ込めた話』和織(『瓶詰地獄』)

「これをあなたが拾ったことは、不運でも幸運でもありません。これはただの一つの出来事であり、ここに書かれた話には、良くも悪くもそれほど大きな影響を及ぼすような力はないのです。しかし、それはあくまで私の主観においてのことです。もしかしたら、この物語を読むことで、あなたに嫌な思いをさせてしまうかもしれません。ですから、少しでも気が進まないと感じられたのなら、今すぐに破り捨ててくださっても一向にかまいません。もっとも、こんなものをわざわざ持ち帰って中身を開くような方が、続きを読まずにいる可能性が低いことは、承知の上でこう書いている訳ですが・・・・・」

 瓶の中には紙が三枚入っていて、①と記されたものの初めに、こう綴られていた。要するに、これを書いた人物は、自分のような人間に拾わせるために、わざわざあそこに瓶を埋めた訳か、と、まんまと思惑に嵌っている自分に、彼は思わず苦笑する。そしてもちろん、紙を破り捨てることなく、そのまま読み続けた。

「その物語というのは、主には私の両親にまつわることです。母は私が一歳になる前、彼女が十七の歳で亡くなりました。子供の頃母について聞かされたのは、それだけでした。主に世話をしてくれたのは祖母ですし、父も早くに亡くなりました。私が十歳のときです。誰も言いませんでしたが、あれは自殺でした。私にはそれがわかりましたし、父が死んだことで少しほっとしました。彼が、生きている間じゅうずっと苦しんでいたことを、子供ながらに感じていたからです。ああ、これでもうあの人の苦しみは終わったのだ。そう思いました。
 父が苦しんでいたその理由というのは、母でした。父が、きっと母が映っていたであろう写真を取り出して悲しそうな顔をするのを、私は何度も目にしました。父は寂しかったのです。母のいない人生が耐えられなかったのです。家の中の誰もが知っていて、しかし誰も、それを口にはしませんでした。母のことは、暗闇で常に灯されている照明のように、明白なタブーだったのです。しかしそれも、当事者である父がいなくなってしまえば、全てはただの過去になっていきました。高校生になった私は、もういい頃かと思い、祖母に父と母のことを話してくれるようお願いしました。そのときのことを、私は生涯忘れることはないと思います。祖母が諦めたように息をついた瞬間、それまでずっと祖母の顔であった筈の表情が、ぽろぽろと剥がれていきました。祖母もまた、そのときを待っていたのです。いつか私に父と母のことを話さなければならない、その呪縛で、彼女の心はずっと張りつめていました。やっと呪縛から解放された瞬間、その表情は悲しそうではありましたが、とても穏やかでした。私は初めて、祖母の本当の顔を見ることができました。
 父が十八で母が十六の歳の頃、父と母の両親共々、皆で海外旅行へ行き、そこで船に乗ったそうです。そしてその船の中で、父と母だけが、忽然と姿を消してしまいました。落船したとみられ、数ヶ月捜索されましたが、なかなか手掛かりすら得られず、皆、最悪の結果を覚悟したといいます。しかし二人がいなくなって一年が過ぎた頃、海に漂う、瓶詰の手紙が発見されました。それは、父が助けを求めて流したもので、手紙には、二人が無人島にいることが記されていました。上空から何度も捜索されたのに、なぜ今まで見つからなかったのか、不思議には思われましたが、ともかく父と母が見つかって、二人の両親は喜びました。涙を流しながら、救助された二人のもとへ向かいました。しかし、そこにいたのは二人ではありませんでした。二人と一緒に、もう一人、赤ん坊がいたのです。そのことが、二人の両親を、まさに天国から地獄へと突き落としました。祖父も祖母も、まさか自分の子供たち、兄と妹が愛し合って子供を産んだなんて、少しも考えつかなかったのです。」

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