小説

『息子帰る』鹿目勘六(『父帰る』)

 しかも地元の慣習に疎い康一に代わって、父の兄の健一が、弟を立派に送ってやるのが俺の責任と言って一切を仕切ってくれた。
 健一は、父の交際範囲を熟知しており、しかも地元の葬儀に数多く列席した経験から供花や弔辞についても細かく指示をしてくれた。
 慌ただしいが、通夜、告別式、葬儀が営まれて行く。その都度、実家の近隣に住む人達や親戚の人達が弔問に訪れてくれる。
 しかし、悲しいかな康一は、彼等の顔を殆ど知らない。いや、かって逢ったことはあるが、もう何十年も会ってない人が大部分なのである。名乗られると昔の面影が感じられるが、余りに久し振りで直ぐには分からないのである。親戚で葬儀があっても、多忙を理由に殆ど欠席して香典だけを父に頼んでいたのである。その代償が、これだ。
 康一は、自分は浦島太郎みたいなものだと痛感させられた。そのように疎遠になってしまった人達を引き合わせてくれるのが葬儀だ。父は、身を持って縁のある人々を康一に引き合わせてくれたのだ。

 叔父のお陰で父を送る儀式は、滞りなく進んだ。供華の花輪や弔電も康一の会社関係から多く寄せられ、叔父を満足させる体裁を整えることが出来た。
 また弔辞も学校の同級生や町内会、老人会から故人を偲ぶ多くのエピソードが語られた。そこには、運動抜群で中学では学校を代表して陸上大会に参加した活躍譚、同級生を虐めた他校の生徒を一人でやっつけた武勇伝、町内会長を長く務めた功績や老人会で場の盛り上げた話等、康一の知らない父の姿があった。
 最後に孫代表として志乃の娘が祖父の思い出と感謝の言葉を述べた。大学生になった孫娘は、愛おしんでくれた爺に素直な言葉で切々と別れの言葉を述べた。
 父の一生は、皆を愛し愛された人生だったのだ。
 父の遺影は、それらの人々を穏やかな顔で満足そうに見守っていた。

1 2 3 4 5