小説

『星空列車と夜』亀沢かおり(『銀河鉄道の夜』『よだかの星』)

 幸せな夢を語る温度で、男の子はぽつぽつぽつと言葉を零す。星になるためなら自らの体なんて灼けてしまったって構わないと。それがけがれた自分にできる、ただ唯一のことなのだと。
 ガタンと大きな音がして、窓が外の景色を映し出した。どうやらトンネルを抜けたらしい。一面に広がる銀色のすすきが、風に吹かれるたび、りんりんと月の光を振りまいている。まばらな街明かりより随分と優しく、温かな景色。
 その柔らかい光が男の子の横顔をぼうっと照らし出した。黒曜石が月光を反射してゆらゆら揺れる。まるで静かな山奥にある湖みたいに。あるいは星の欠片を詰め込んだ、たからばこみたいに。
「……きみが。」
 列車がゆっくりと減速を始めた。感情の見えない駅名アナウンスをきき、どうやら男の子の目的地に到着したようだと察しをつける。夜の光をいっぱいに浴びたこの原っぱは、なるほど確かに、星になるには丁度いい。
「きみが星になったら、きっとすごく、きれいな光を放つだろうねえ。」
 電車が外の世界へと繋がる扉を開けた。ペコリと頭を下げ男の子が足を踏み出す。輪郭が月明かりへと溶けていく。
 発車ベルに混じって、翼が風を切るような音が空高く響きわたるのが聞こえた。そうして列車はまた、前へ前へと進み出した。帰ってきた沈黙と不規則な振動、車内を満たす暖房の熱。彼が私に微笑みかける。
「このまま僕たち、どこまでもどこまでも一緒に行こう。」
 どこまでも。それはひどく甘美な響きだった。目を閉じる。手のひらで体温が混ざり合っている。そう、このままどこまでも、一緒に進んで行けたなら。誰もいない場所まで、列車に揺られてどこまでも。
「切符を拝見してよろしいですか。」
 唐突に降りかかってきた声に、びくりと体を震わせた。見れば帽子を目深にかぶった車掌らしき人物がこちらに掌を突き出している。切符をしまった場所がどうにも思い出せず慌てていると、彼はわけもないという風に鼠いろの紙切れを取り出した。車掌はそれを一瞥して、感情の読めない声で「終点までですね。」と呟き、向こうへ去って行った。
 はて、この列車はどこに向かっているのだろうか。終点とは一体どこのことを指すのだろう。随分と今更なことを考えながら、そういえば私の分の切符をまだ見せていないと思い出す。ポケットをまさぐっていると彼が「大丈夫だよ。」と重ねている手に力を込めた。
「でも、切符。」
「大丈夫。そら、窓の外を見てごらん。りんどうの花が咲いている。」
 促されるがまま車窓に視線を向ける。そこには紫水晶みたいな花弁に、トパアズの底を持った小さな花が咲いていた。思わず手を伸ばす。触れられないことを残念に感じる暇もなく、りんどうの花は湧くように、列車を何処かへ導いているかのように、次から次へと眼の前を通り抜けていった。
「秋ですね。」

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