小説

『レイン・ゲート』もりまりこ(『羅生門』)

 それにしても摘果。出逢った時、恐ろしく酔いつぶれていた篠原は、摘果にあなた酔ってますからあぶないですよって介抱されたと思っていたら、背広の内ポケットから、スマホを盗まれた。よりによってよせばいいのに上司の彼女とたまたま一緒に映った写真をまだ消していなくて、その写真を摘果の手で、アドレス帳宛てにうっかり一斉送信されて、いろんなことがばれまくったのだ。
 マジでヤバいっていうか、違う意味でK点越えしちゃってるからということで、そのスマホを返してもらおうと思ったらあっちから連絡が来た。待ち合わせをした。篠原はその頃、人生の底は見たと思っていたけどまだ底があったのかというような時期だったので、怒るエネルギーも持ち合わせていなかった。摘果は、まっすぐ篠原の眼を見てごめんなさい、だって雨降ってたからって訳の分からない言い訳をした。摘果は、昔から盗み癖が治らなくてって言う。それがやっと、物になったっていうかっていう、さらにコンフュージョンな語り口になっていった。
「モノ?」
「そう物です。むかしは、盗むっていったら人だったから。これって、ちょっとはましかな?」 
「人ってどういうこと? なに?」
「あ、だからいやな子とか仲の悪い子、イジメっ子達とかいるでしょ。そういう人の彼氏を、根こそぎかっさらっちゃうっていう。つまりリベンジっぽい行為がやめられなくて。なんどもそれ繰り返してたら、みんな周りからいなくなって。自業自得なんですけど。でもね、イジメてるあっちが悪いのに、彼氏寝とったわたしの方が極悪だってことになって。みんなわたしと関わらなくなって。だから人を盗むのはやめたら、なんかぽっかり空白で。なんか物足りないって思いがマックスに達した頃に、酔っているあなたをみかけたんです」
 とかなんとか思いだしている途中で、隣の男が、「ぼくも今、過去と葛藤中です」って話しかけてきた。雨の音はやまない。彼は、同期で競っていた人間のプレゼン用の資料を隠して、その地位を出し抜いたりすることが止められなかった、前勤めていた会社時代を呟き始めた。今日彼は、その出し抜いていたと思っていた同期の彼の活躍を、ちいさな業界紙のインタビュー記事で知ってしまったのだという。だからそれなりにくやしかったから、あのゲートを破れかぶれでくぐってしまったのだと。彼の過去も篠原と似たり寄ったりでふたりで笑った。雨の音を縫うようにふたりの笑い声が、吸い込まれてゆく。
 その人は笑うと八の字眉がいっそう下がって、道に迷ってこの人に逢ったら絶対この人に聞くなっていう顔をしていた。篠原は彼女の話をかいつまんでした。秘密をばらさないようにしながら。摘果のことを幾分盛って紹介しているじぶんに驚きながら。
 誰かが誰かを責めるとか。誰かが誰よりも悪いなんてないのかもしれない。という結論にふたりで達した。
 彼は、秋葉さんという名だった。彼がスマホを見てる。<レインゲート地帯、雨あがる>っていう記事を指さした。でも、ここはまだ降っていた。時差があるんですねと秋葉が呟く。レインゲート地帯は、都心のあちこちや中都市にも現れたそうで、うっかりくぐってしまった人たちが、どこかで雨宿りをしているらしい。自分たちと同じように、たぶん過去の罪に苛まれながら。

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