小説

『レイン・ゲート』もりまりこ(『羅生門』)

 彼の顔をよくみる。八の字眉のせいか、いつも泣きそうな雰囲気で、いい人そうだった。さっき篠原は、雨が降る前にコンコースの真ん中あたりに、どこでもドアみたいなものをみつけて、ご自由にお開きくださいって書いてあったので、普段ならやらないのだが、そういうことをしているじぶんを俯瞰してみるのも、アリかなと思いつつ、面接試験にもたぶん落ちているだろうからと、臨んでみた。小さな字であなたの過去と出逢えるかもみたいな、キャプションみたいなものも添えられていたが、大げさなとツッコみながら、どうせ過去らしい過去もないんだしって、興味本位でくぐったのだ。
 あれが、レインゲートとかいうものだったのかと。
「じゃ、あなたもあれをくぐられた?」
 篠原は、コミュニケートしてみる。
「そうなんですよ。いつもなら避けて通るんですよ。それがよりによって、今日は、ほんとうにそれなりにくやしい日だったんで」
 ほら、やっぱりちょっと情けなさそうな人でよかった。
 篠原は、ちょっとまでのさっきを振り返る。
 ゆっくりと、その門のような構えのノブを開いてくぐった時、死んだはずの父親もそこを先にくぐったような気がした。幻覚かと思いつつ、食卓の時に肘をつかないとか、へらへら笑うなとか怒ったときのくぐもった声が聞こえた気がして。これは気のせいではなくマジなんだなって認識しつつも、篠原はずっと誰かに叱られながら生きてきたような気がしてならなかった。ただのドアっていうか門みたいなものだろ、と思いつつも。靴先だけが、その目的地を知っているかのように歩き出し過去をリマインドしてしまっていた。
 母親はいなかったので、親戚の叔母が面倒をみてくれることもあったけど、なかなか打ち解けることはできなくて。靴が、もう小さくなっているのを無理に履いていたら、靴擦れした。靴擦れの踵を風呂上りに見つけた叔母は、そんな足に合わない靴を履いてたら、どこかで誰かのを盗んできたのかと思われるでしょ。ちゃんと、わたしに言ってちょうだい。靴がもうきついとか。だいたい、直ちゃん口があるのにほんと役に立たないんだから。って濡れた髪を無造作におじさんみたいにタオルで拭いていた映像が浮かんだ。
 直ちゃんとかいて、すなおと読む。すなおちゃんって声が、いま叔母の口から発せられたような気がした。気がしたのではなくそこにいるかのようだった。あの砂を咬むような日々。ただの門なのになんなんだって思った。篠原は家族に縁はなかった。彼らとは、死と生を搦めながらその後別れてしまったから。すなおという名前の通りすなおだったかというと、全然そんなことはなかった。前の会社をクビになったのも、つまらないポジション争いに加担すれば、君は今とは段違いの未来が待ってるよ、チームリーダーを任せてあげるというそんなトラップな言葉にほいほいとのってしまい。それがライバル上司の逆鱗に触れたからだった。そして、クビになり。そんなにというか、ほとんど人としてのスペックも持たないのに、面接を受け倒す羽目になったわけで。ハラスメント委員会に言いなよって同僚には言われたけれど、そんな大それたことできなくて、へたれのまま会社を後にした。

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